ショ-ト・エッセイ      

    

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 A子に贈る 別れ歌  2017.5

 

こんなに夜空を見ることを 忘れていた時期は あっただろうか

いつも 君がいて 君のことを想って 君だけを見ていたから

 

まあるい まん丸い形の目と

綺麗に小さく切れた輪郭の唇

いつもは 僕らを さらっと見ているくせに

時々 僕を 艶っぽく困らせる

そんな貴女が 大好きです

 

お喋りも 小気味いいし

話題も なんでも御座候だし

大声で笑うことはしないけど 笑うことが好きなんだとわかる

時々 僕を 泣き狂うほど いじめるけれど

そんな貴女が 大好きです

 

春が 間違いなく近づいてきた朝

あの 太陽みたいに あったかい存在になれればいいね

あの 花びらみたいに 嬉しそうに舞い落ちればいいね

 

貴女が幸せになる為なら

貴女が喜んでくれるなら

 

僕はあなたの周りを 颯爽と取り囲む

あの 春の風になってみせる

あの 春の陽ざしになってみせるから

 

 

 

 

 

 

アトリエの 古い時計が 音を立てて時を刻んでる

つい半日ほど前に なぜか 懸命に喋ろうとしたせいで

ずいぶん元気になった気もする

疲れたけれど心地よい

お喋り好き 受け狙い

ぜんぶ君が知ってる通りの 薄っぺらい男だ

 

でもね 誰にも負けない自信があるんだ

それは 誰よりも君を愛してるってこと

今でも 今までも これからも

 

 

 

時おり 悪戯っぽく 唇を尖らせること

 時おり 思いっきり 甘えん坊の目になること

 時おり そ知らぬ顔で 苛めっ子になることも 

   そんなときの貴女も 大好きです

 

 怒ったり 泣いたり 口を閉ざしたり

 反吐する日も 息苦しさで震える夜も

 迷って揺れて立ちすくむ時があるのも

 そんなときの貴女も 知っています

 

 そんな 貴女を 守ってゆきます ずっと

 

 まんまるい 瞳と くちびる 

 この二つに逢いたくて 

 この二つに触れたくて

 

 きょうも ありがとう って 呟いた

 

いつの間にか 暗くなった街は

車の走る音さえも 低く聞こえてくる

自分の動く音だけが 大きくなる

そんな 黄昏から夕闇に変わってゆく瞬間が

なんとなく心地よく感じられるようになった

 

おやすみなさい って言うのは ちょっぴり寂しいし

おはよう こんにちわ って言うのは

あまりにも健康すぎる気がして 似合わない気がする

仕事を終えて ふう〜っと息を吐いて

自分のことだけを 考えようとする瞬間に

そう 黄昏から夕闇に変わってゆく瞬間

その瞬間に 貴女が居るのを感じるからだと思う

貴女が 一緒に居るのを 感じられるんだ

 

あの 心地よさは 貴女からの エールかも知れない

そう 貴女からの エールなんだと 思うのです

 

 

 

貴女の 本当の気持ちのとおり 今 感じているとおり 

貴女の 気まぐれや 我儘っぽかったり ふと 言ってみただけだったり

貴女の そんな ぜ〜んぶ、 

そのままで 僕のことなんか 忘れてしまったように 生きていって下さい

僕は かまいません

ただね 想い続けるだけ 言い続けるだけだから

大好きだ って、

ずっと  ずう〜っと

 

 

 

 

 

     懐かしさに 感謝して

  かつての上司や先輩たちと一緒に たまには一緒に飲んだり話したり、と 声を掛けて頂いて

  久しぶりの宴席、いや なんとか放題の焼肉屋さん。  ブログにも 書かせてもらった。

   とにかく懐かしい、楽しい時間で・・、 なんといっても 有り難い、参加させて頂き 本当に感謝。

  10数年ぶりのカラオケで やっぱり松山千春を歌って、そのうち演歌も・・・・と。

  現役の同僚も少なくない、ただ完全にリタイヤした時に 何かを やっていなければ とも、実感。

   スポーツよし、近隣でのサークルよし、ボランテイアよし、 もちろん 家族の介護や 自身の養生に

  大半の時間を費やす場合もあるに違いない。

   それでも 颯爽と、時に情に厚く かつての仲間と 一緒に過ごす時を大事にせねば。

  そんな 過日の 懐かしい塊の中に 紅一点、Y嬢のことを ちょっとアレンジして描き残しました。

       

       Y嬢のこと                       2015.8.2

 

           そう 彼女の瞳は あの頃のままでした。

     大きな しっかりした まっすぐ見つめる純な あの頃のままでした。

     ずいぶん昔、あの時 何を話しかけたのかは覚えていませんが 

     初対面で 彼女の机の前の誰かの席に座り込んで、 きっと 偉そうに話したのでしょう。

      そう 彼女の瞳が 若々しく応えてくれたように 覚えています。

     もう 30代後半になったのですよ、 と云う その夜の 彼女は

     それでも あの頃の 大きなしっかりした まっすぐ見つめる瞳でした。

      ずう〜っと、ずっと そのままの貴女でいて下さいよ、と 胸の中で呟きました。

                 貴女の その大きな瞳 とっても好きです、とも。 

 

  

 

 

   他愛ない声を掛けあい 

ほんの一瞬  一瞬 瞳を交わす

もう少しだけ  このままで居られたら

  と 溜息まじりに 体が感じる 

そう こんなに歳とって

          皺で覆われた 弛んだ五体を 晒しても  

   なを  貴女の前で この心は 

まるで あの青臭い少年になるのです

           その潤んだ吐息に そっと触れてみたいと

                              思うのですよ             

                                2015.7.6 サラダ記念日の日に

 

 

 

2015.4  チェジュ島家族旅行、2泊3日でした。

 帰国後 腰痛と肩痛、今日もまだ本調子とは言えません。 

愛娘たちとの旅行中の行動ペースが 年代の差をはっきりさせたということでしょうか。 

そんなこともあって、ふと 親父とのことを思い出したので 毎日新聞に投稿してみました。

こんな内容です。「旅行から帰ってきて 過労症状になった自分を振り返りながら ふと20年くらい昔を思い出した。

  と それは 郷里から両親がやってきて 近郊の名所や街を案内した折の事、当時働き盛りの自分は どんどん先頭切って歩いたのだが 

笑顔でついてきた親父が 2日目はさすがに疲れた顔を見せた。あまり気にせず 次の日は見送ったのだが 

きっと かなり疲労していたのだと 今 気が付いた。もう80歳近かったはずで 疲労というより 辛かったのではないのかと、

それでも 子供のペースで付き合ってくれたと思う。申し訳なかったかも・…、が そんなんでも 嬉しかったんだよな、と 

今頃 もう亡くなった親父に 呟いてみようとしたら、不覚にも 涙が出てしまった。」という 500字くらいの拙文。

           

 

          桜梅桃李

 ちょっと近隣の集会で話をすることになり 勉強しなくては という必要から 

「桜梅桃李」と「水魚の思い」について調べました。 

桜梅桃李は 古今著聞集に「春は桜梅桃李の花あり、秋は紅蘭紫菊の花あり、皆これ錦繍の色 酷烈の匂なり」とあり、

桜は桜 梅は梅 桃は桃 李は李が 本来持っている 綺麗な形 色 匂いの 各々の特徴を改めることなく個性豊かに特性を最大限生かす、

ということなんですって。 ところで「桃李いわざれども下自ら蹊を成す」というのも史記にあって、

こちらは 桃李は喋ることは出来ないが その色 香りで人が集まり自然に道が出来るほどだ、ということから 

誰からも慕われることを指す。とのことで、なんと 俳優の松坂桃李は この 個性豊かに、仁徳のある人 

という子に育てという両親の願いで 名前を付けたという・…、凄い親ですね、ウチとは違う。

 桜梅桃李、ってなかなか 好いではありませんか・…ね。                  2015.1.30

 

     

          中島みゆき 「糸」

                 〜〜 縦の糸はあなた  横の糸は私   織りなす布は

                   いつか誰かを 暖めうるかもしれない (略)

                           いつか誰かの 傷をかばうかもしれない

                  逢うべき糸に出逢えることを  人は 仕合せと呼びます 〜〜

           

          霧氷からの空(赤城山から)  県展応募絵画のモチーフにします

 

                     

             生命の奥の恥かしさ

 

      人間の いのちの奥のはづかしさ 滲み来るかもよ 君に對へば     (新井 洸)

            

            先日 どういうことからだったか 女房との会話の中で

                                  「墓場まで持って行く誰にも言えないこと」って あるか ないか 

                                   というやりとりをした。

                                 彼女曰く「あなたに対してはない」と、私の場合は「  う〜ん・・・」

           で、子供たちに対しては

                                   「親として 言いたくないこと、ちょっと あるのかもね」で 一致。

            偉そうなことを言ったり書いたりの私、であるが 

                                      誰にも 子供にさえも言えぬことがある、ということ。

                                         2014.12.24

 

 

       絵を習う

 絵を習い始めて4年、先生も4人目。習うといっても 

最初の3か月はカルチャー教室で趣味仲間として、

ところがその時の先生が 大へんな方(一水会の大御所)だったのと 

かつその先生から 「上手いよ」言われたのが妙な自信になって・・・・ただ自宅からは遠すぎて。

次が隣町の教室で ここはなんとも盛り上がらぬ雰囲気が疲れてしまって、

その次がちょっと離れたそこそこ有名な教室、

 が院長が傲慢というか描く絵もグロテスクな色使いだったので

2年近く通った挙句 やめた、と こんな感じだった。

今はデッサン中心の教室、先生は県展の審査委員をするほどの優秀な現役の画家さん。

なにが凄いかというと “絵を描くのは「戦う」ことだ、

ともかく自身の限界まで必死で挑戦して行かないと いい絵なんかにはならない”という

指導方針で 敢えて当人の実力以上なことまで要求される、

それも本人に考えさせる という教え方。

 思うに、モノを習うというのは その内容以上に 習い方が大事だということ、

修業論というのを読んだことがあるが そこでは「教わる形で最もいいのは 師弟 関係、

言われるまま 何の質問何の私見もはさまず ひたすら言われるまま やってゆく、

師匠のやる姿からその訳を考えながら ただ言われるままに。」という感じだった。

 何度ダメ出しをされようと いい絵になりましたね と師匠に言われるまでは

手を抜かず描き続ける そんな生徒でいたいと思う。

                                             2014.12.23

 

 

 

           もっと怒れよ

      突然の総選挙で、近隣の同世代のお二人と 久々の激論。

    只、こう思う、もう経済成長率が全てだ のような言い方や、

            グローバル化至上主義なんて 止めにしよう。

    少子高齢化は進むのだし 大企業の稼ぎが我ら庶民に

             必ずしも還元されないことも解ったのだから。

    成長もしない 高齢化が進む、そんなことを前提にした

          幸せな地域社会目指した 税金の摂り方使い方を

    必死になって知恵を絞っていけばいいのではないか、と思う。

         今日明日の目先のことで論争しようとするから議論にならない、

           それは役人にやらせておいて 国会議員は20年50年先の国を考えて議論して欲しい。

     特定秘密保護法や集団的自衛権の議論はさせず 

           なんとかノミクスの正否を問うという選挙なんて間違いだ。

    とは言え、投票に行くという義務と責任は 全国民が果たさなくては ね〜、 

           ということで お開きになった。

    もう一点、それにしても 近頃の若い人 学生なんて、本当に怒らないよね。

           香港等の学生たち って偉いよ、かつては 我らの世代のなかでも しょっちゅうデモやってた

    気がするんだけれどもね、やるべきだろう、っと。

     今日は 真珠湾攻撃の日。                         2014.12.8

                                              

                                

   白蓮

 NHK朝ドラで 蓮さま こと「柳原白蓮」が登場、演じた仲間由紀恵も綺麗だが 本物はと云えば

大正三美人の一人。 彼女のことを 調べてみた。そして 竹久夢二装丁の復刻版「踏絵」も手にした。

     

運命の彼と出逢う前に幾憶の 生命の末に生まれたる 二つの心 そと並びけりと歌う。

人の出逢いとは、師弟であり夫婦であれ姉妹親子そして恋人であれ、

奇跡以上の奇跡的なモノ、尊厳なもの、という。

 幾憶の時間空間の中での奇跡の出逢いの 二人は そっと片寄せるのだ、というのだ。    2014.10

 

 

    老い恋

  こんなに 歳をとったというのに

シミと皺と ああ 醜いといっていいほどの 弛んだもの

顔も体も きっと 心までも 。

わがこころ 君に知れらば うつせみの 恋の籬よ 越えずともよし

 伊藤左千夫44歳妻子ありの頃の作だ。  

 歌人 今野寿美は さらに凄味がある歌を

もろともに 冬幾たびを 籠りつつ きみこそもっと 知りたきひとり

と 溜息が出るほど素敵です。   

与謝野晶子の一首を

なにとなく 君に待たるる ここちして 出でし花野の 夕月夜かな

こういう歌をうたいたい、うたえればいいなと思う。 

どんなに歳を重ねようと 老いぼれようと 恋する人がいる限り 恋してしまいたい。 

                                                                                        2013.3.26

 

 

 

  総仕上げ 

 

6年余の間 パン職人として女房と一緒になって 泣き笑いしてきた。

拓郎にならって「疾風伝」として ブログに書き残している。 

泣き笑いの毎日だった、と。

多くの人に出逢い多くの人と向き合った。 

人生の総決算の時、何を持って評価するのでしょうか、という問いに先哲は こう言い放ったという。

「築き残した財宝でも 事業での名誉や 肩書や もちろんそれらの数ではない。

  何人の人に 貴方に逢えてよかった、あなたと同時代に生きてきてよかった、

 貴方に励まされ頑張れてよかった、と言われたかであろう。 何人の人に である。」

そういう そんな人として 残りの生涯を生きていければいいな、と思っている。 

                                                                                                                      2013.3.22

                                                                               

 

      

  2013年   再開

 

   2013年 油彩画を習い始めて2年が過ぎようとしている。

気が付けば今年の誕生日からは 高齢者と呼ばれるのだ。 

 そう、年金も満額受け取ることになる。

週に2回程度、午前中だけの会社勤めも もう終わりにしようと思ている。

さて、絵を描いたり それに詩を書いたりも  してみようと思う。            

                                                                                                               2013.3.16

 

 

            

 大震災から 2年。  誰もが この国は変わる、日本人は変わる って言っていた。

 

果たして、 自分はどうだろうか 生き方は その姿勢は ・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

                   

************************************************

 

   2010年 12月に ポエット 閉店。 終業、廃業?なんて云うのだろう。

  その経緯については ブログ「疾風伝」に描いた。  経営の勝負から云えば敗け、ただ多くの得たものは

  人生にとっては勝利の礎になった、と思っている。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  休 止   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  

             駆け続ける  

 

                 なんて久しぶりなんだろう。 前回書き込んだ日付を 何度か確かめながら

     溜め息をついた。このペ−ジを開いて書き込んでいくなんて どうしたんだろうかと。

      覚悟はしていたものの 想像以上の厳しい毎日に 時には悲鳴をあげながら、 

     それにしては あっという間の日々であり 一月であり 一年余りだった。

     この後も 同じように 経ていくのだろうが、その折々の思いや日常を 書き留めて

     おこうと「パン屋の気持ち」というブログを スタ−トさせた。 

      どんなことに出くわそうが、後になって にんまり微笑むようになればいい。

     最後に 笑い話に出来ればいいと思うし、ちょっぴり自信もある。 いいや、自信と

     いうより 楽天的に楽観的に そういう予感がするし、そういう生き方の人間だから。

      「最後に一番大変な 辛い仕事を選んじゃいましたね。」と 女房が言う。

     ほぼ思い通りの、それ以上の55年間だった。 大袈裟な言い方だが 実感だ。

     「ああ、でもこの仕事が最後の仕事じゃないし、辛いことだけじゃないしね。」と

     言いながら 一緒に大変なことに付き合ってくれる彼女に 申し訳ない気もする。

      何年か後には、詩か小説を書くことに 悩み苦しむ仕事をしているようにしたい。

     いつまでも働いていたいし、好きなことで苦しみ大変な思いをするのは 良い事だ、

     と 負け惜しみっぽく 書き込んでおこう。

      時の経つのは猛烈に速い。猛烈に。   やっておきたい事、逢っておきたい人、

     感じておきたいもの。 まだまだ いっぱいある。   負けずに駆けなきゃ。   

 

                                            2006. 1. 5 

                   一年に一回きりの、それも駄文の エッセイになってしまいそうだ。

 

 

 

 

     boulangerie poète 

                どうしても パン屋の名前(屋号と言うらしい)はフランス語が多くなる。

              で、上に記したのを日本的に変えると 通称としては「パン工房ポエット」となる。

                                poète  詩を書く人  つまり 詩人。

                  いかにも 我が店名としてはありがち?な 名前だ。

        この名前に決まった、決めた。 

         家族で 30近いの候補名を挙げて、最後は親父()の決断をということだが、

      皆にしてみれば 最初から親父の意中の名前に落ち着くだけだろうから と、

      そんなに熱意も感慨も無いかも知れぬ。でも、懸命に辞書片手に考えてくれた。

 repos ルポ 休息」  「 causer コーゼ 対話」

foyer フォワイエ 家庭」 「 famille ファミーユ 家族」

jardin ジャルダン 庭」 「 parterre パルテール 花壇」

  noix ノア くるみ」 「 sucre  シュクレ 砂糖」 等が候補だった。 

 

  パン屋さんになる、というか パン屋を開くというのか、パン職人になる と

   云うのだろうか、とにかく 会社員を辞めて 製パン専門学校に行って 卒業した。

    もう少しすると、さしずめ「パン工房 ポエット」のオーナ−シェフとやらである。

   専門学校に行った(学んだ)程度では パン屋を開くのは無謀というか 無理だという。 

  そう言われた。 それも解らないでもない。そんなに易しいものではない、困難だと思う。

      それをやろうとしている自分が ちょっと恐ろしい気もするが、もう後には引けない。

 

 決して 経済的に余裕があるわけでもないし、確かなパン製造技術を具えてもいない。

この生涯、“一生のうちに出来る事なら やりたかった”ものの一つだ、ということだ。

 それも、それが パン屋でなければならなかったのかというと 実は そうでもない。

「働く」ということの 最終章は、組織や肩書き 立場、報酬の高低などが優先する中で

懸命になることではなく、 自分の手足と頭、全身で 汗をかきながら「モノを造る」、

それも「好きな女と 同じ場所」で 働く、苦労もする、そうしようと思った。 それを有終の美 としたい と。

そうであれば 豆腐屋でも お好み焼きやでもいいわけで、パン屋とは限らない。---

---格好よく言えば こうなる。 が、パンが好きだし、 夢にするには パンが一番いい。 

   

 

 ところで そのお店「ポエット」も あと一ヶ月で完成する。

いろんな事情で、開店は三ヶ月後くらいになる。 そうせざるを得ないので…。

で、多くの人たちから「いよいよ 夢の実現 ですね。」って言われ始めた。

が、これで達成(実現)などとは…・、そうとは思っていない。

「夢」は、パン屋さんを開くことではなくって パン屋さんをやっていくこと。

だから、「夢の始まり」であって 今年の夏は到達点ではないのだ。 労苦への出発点かも。

よく言われる「悠々自適」の道もあった。ただ、自分の思い通りに生き抜くことを「悠々自適」と

いうなら 今度の この道こそが 悠々自適だと思っている。  

 そうだから  その為にも、

 いろんな想いと 心を込めて 一生懸命に 働き続けたいと思っている。

                               2004.05.05

【後日記入】 この直後 200.6.21 オヤジが亡くなった 

      パン屋の開店をみることもなく、あんなに嬉しそうに話を聞いていてくれたのに。

    「偉いなあ、歳とってから仕事変えて やるんやからなあ。」と言っていたそうだ。

    せめて 完成したお店と焼きあがったパンを 見て欲しかった。

     

 

 

 sans.jpg (20821 バイト)  欧州/研修旅行 A  「食文化

 

   出発前に繰り返し 説明会やら確認会みたいなものが 何度か開かれた。 

  「一人ずつ、 みんなの前で自身の今回の研修のテ−マを言いなさい。」ということがあって、その

  大半の人(生徒仲間)たちが発言していた。―――食文化を肌で感じ 違いを見たい 学びたい――と。

  正直、戸惑った。  おじさんは ちょっと、ちゃう。「モナリザと向き合い、ウ゛ィ―ナスの裸線を

  眺めた後は、 ム−ランル−ジュで B.B風の巴里娘の金髪に触れてみたい。」 なんて 

  まさか 言えるわけがない。   当然のように 「食文化の・・・・。」と 言った。 

   新聞の記事などでも 「フランスの・・・、」とか 「食文化・・・、」などの記述に目がとまった。

  先ず、今も手元にある 新聞の切抜きから 2つを簡単に紹介してみる。どちらも6月の日経の

  夕刊からのもの。

     1)某氏が フランスの3人の男性に「最も代表的なフランス料理は?」って聞いたら、

      予想外の返事だった。「フライドポテト付きのビ―フステ―キ」と言う、「エスカルゴや

      ブイヤ−ベ−スじゃないの?」と言ったら「そういう料理は 一生の間に数回食べるだけ。」

      との答。 代表的って言う問い方が拙いこともあるが、日常よく食べる身近な料理という意味

      での回答だったろう。 でも必ずしも よくいう“フランス料理”ではなかった。

      料理はその国の伝統、毎日の楽しみ、文化だ。

      我々だって 毎日 懐石料理や寿司を食べてはいない。 でも、間違ってもラ−メン、

      カレ−や ファストフ−ドに ならないようにしたい。文化というには寂し過ぎる。(6月9日付) 

     2)フランス、オ−ト・プロバンス地方に 「香りと味の大学」が開校する。  この国ならではの 

      文化と技術を、伝統の中に息づかせる企画。その建物も修道院跡で、今も一部が図書館と

      して使われている。営々と続けられてきた朝市の伝統とも併せた、香り高い企画は地場産業の

      継続を後押しもする。伝統の建物で文化を磨く それも食文化、さすがフランスだ。(6月27日付)

          これらのほかに、パンの本などでも いろんな記述があった。

     3)東西の食文化の違いは、先ずその前提で 大きく異なる。「西洋が ナイフとフォ―クを使い、

      東洋 日本が 箸だけを使う。」のは、食べる人も 口に入れるまでは 当人も料理をしていくと

      いうのが西洋(ナイフとフォ―クは 料理のためのもの)で、料理をする人と  食べる人とを

      明確に分けたのが東洋など 日本も。――― と いうことだ。 日本の場合にはさらに

      「出来るだけ そのままで食べる」 という文化がある。  刺身などはその代表だ。 
      

     へぇ〜 へぇ〜 へぇ〜〜 と、思いながらこういう記事を読むうちも、旅行中にどこかで 正式な?

    フランス料理を 食べることになった場合、恥ずかしくないマナ−で しっかり出来るのかな、 と 

   心配もしていた。  ☆☆には行ったが、なんとかなっていた。が、  今考えてみても、果たして

   食文化の学習って 出来たのかどうか よく分からない。   朝はホテルなので 街の風景は分から

   ないが、 地元の人たちは  ほとんど毎朝 その日に食べる 焼きたての香ばしいパンを 買いに

   出かけているはず。そして、それに応えるべく 小さな町にもしっかりあるパン屋さん。 

   町ごと、地方ごとに地元のワイン、チ−ズを揃え そこでのパンに合せて並ぶ。で、調理法もあるらしい。

    ストラスブ−ル近くだったと思うが、一年程前に「ウルルン滞在記」とかいうテレビ番組に登場した

   『パン工房』に 立ち寄った。 MOF取得者というから 一流の職人のお店だが、綺麗だが小さな厨房

   だった。 郊外の小さな町に こういう拠点が端正な感じで存在している。 パリでもそうかも知れない、

   一人一人が 自分の「行きつけ」の
パン屋さんをもっていて、それには 何を添えれば美味しいのかを

   自分流に持っている。 それを毎朝 焼き立てで食べる。  こんな風なことかも知れない、 文化って。

 

     それにしても、何組かの若い人たちの間で ホテル近くのス−パ−で 食材を買い込み、

   部屋の中で食事するのを 続けていたらしいが、せっかく 芸術と並んで食の文化の街と言われている

   「巴里」に来てるんだから、お金も掛かるけれど ぜひ、街の中での食事にに挑戦して欲しかったな、

   ―――――と おじさんは思ったのでした。    

       

       

 

 

card12.jpg (15781 バイト) 欧州/研修旅行 @  「旅のあとさき

 

      パリの街が すっかり雪に覆われた画像を 我が家のテレビが映し出している。

     大晦日までは雪などなかったのに、元旦に 一気に降り積もったという。

     そんなニュ−スを聴いていると、つい2週間前に 学校からのドイツ・フランス研修旅行から

     帰ってきたことが、なんだか随分以前の事の様に 思えてしまう。 もう去年には違いないのだが。

      初めての欧州(と言っても独・仏10日間だけ)の印象を 何回かに分けて書き残そうと思う。

     それは、もしかすると この旅行が 僕のこれからの仕事の何処かの部分に 影響してくるかも・

     という 予感がするからでもあるし、5年間余を過ごした「大きなアメリカ」を 遥かに凌ぐ

     圧倒的な重みと、誇り高く絵になる街並みは 貴重で 圧巻であったからでもある。


      いくつかのパ−トごとに 思いつくまま書こうと思うが、最初は その前後の「私し事」から・・・・。

      内臓というか 下半身というのか、そんなところにウイ−クポイントを持つ者にとって

     2,3日以上の外泊、それも気の許せる・ミウチ が いない旅行は 極めてオオゴトになる。

     「胆のうは全部摘出して無し、すい臓は壊死したばかりで不完全、3度目のソケイヘルニア(脱腸)

     手術から約一年、現在 椎間板ヘルニア、お腹と腰対策で朝晩2回の入浴。」なのだから 

     食事、睡眠、体力、体勢を しっかり管理していないと とんでもない迷惑をかけるになる。 

     その上、すぐホ−ムシック気味になる。 傍にミウチが居ないと 寝つきが悪いということだ。  

     情けないが これが実態。    

 

      <欧州は凄いよ。食べて、観て 楽しんできて下さい。体調に気をつけて。>

     と、次女から携帯にメ−ル。  彼女は前日の夜に「旅行携帯型ウオッシュレット」をバッグに

     詰めたかと 二度も確認してくれた。 続いて<それでは、がんばってきて下さい。>と女房から、

     末っ娘からは<いっぱい写真を撮ってきて。>と 。  成田到着直後にミウチからの檄メ−ル。

      長女と次女の二人は、以前に 英国 イタリア スペインを 旅行しており 欧州の 重厚な

     素晴らしさを 何度か話してくれていた。     勤めていた頃にも 国際部門にいた同僚の何人か

     からは「ヨ−ロッパには 観るべきものがいっぱいある。 世界一だろうっていうものもね、凄いぞ。 

     あんたの知ってるアメリカは 世界一さ、でもニュ−ヨ−クだけだったでしょ。」 とも聞いていた。

     そう、アメリカで暮らして 人生観も少し変わった気でいるが、それを凌ぐという処に出かけるのだ。

     それもミウチなしで。その上〔学生さん〕だから 連日ツインの部屋になる。 阿呆になる決意をした。

 

      文字どおり 牧歌的なドイツの田舎町。その中で 一つ一つしっかり作られた家並み、街並み。

     そこに暮らす人も もちろんその絵にはまる。 それは暮らし方、生き方に根付くのだから

     話しぶり、表情、振る舞いなどに 映し出される。 方や、レストランで働く引き締まったドイツ女性の

     肩と襟元には やはり真っ白のワイシャツが似合うのだと思った。

     フランスの 史跡と同居したような国境沿いの街。 そこにも民家や農家がある。おおらかそうで

     誇り高い人たちがきっと居る。   パリの「都」、町とはいえない街並み。 数百年の出来事を

     美事に保存しながら、それらと同居している人たち。  1000円あれば いつだって モナリザや

     ミロのウ゛ィ―ナスに会える人たち。  聖堂 寺院の並ぶ前に、道路にぎっしり並ぶ自家用車、

     朝もやの中を パンを買いに走る美婦人、ナポレオンも マリ―アントワネットも 歩いただろう街。

 

      牧歌的な風景や暮らしなら 北海道だって、 アメリカだって ある。  暮らしてみられる。

     有名ブランド店が一挙に並んでるのだったら ニュ−ヨ−クだってあるし、夜景の凄さは 

     東南アジアのいくつもの都市だって、そう ハワイなんかでも良い。  

     美術館に行ったり 買い物したりだったら 日本だっていいところは多い。

     

      ただ、この街並みと そこに現代が そこに日常の生活をしている人たちが居る風景は、

     欧州だけしか観られないのではないだろうかと 思ってしまう。

     グランドキャニオンも凄かった、ナイアガラも良かった、 きっと万里の長城も凄いのだろう。

     でも 自然が創り出したり、人力で作っても 今 そこに日常という息遣いがなければ、観光だけのものだ。

     欧州の街並みには 数百年の空気をなじませきった日常生活が同居している。 もちろん建造物も壮観だ。

     多くの人たちが「ヨ−ロッパは凄いぞ」って言っていたのは、これだったんだろうと思う。

 

      英語が通じるのだったら なんとかなるさ、と思いきや 到着5日間くらいは その拙い英語すら

     ほとんど口から流れ出さない。 頭の中で必死に 作文しようとするから 訳がわからなくなる。

     アメリカに行った最初の2年間時代に戻ったようだった。   カッコウつけようとするといつもこうなる。

      帰国の翌日は 長女が 豪州のワ−キングホリディとやらから 帰ってくる。

     ほぼ10ヶ月ぶりに ミウチ全員が揃う。  パリでの最後の日に ひどい下痢になった私は

     帰りの飛行機で せっかく美人の隣に座りながら、正露丸の臭いと汗をいっぱい吐き出しつつも

     ひたすら「もうすぐ ミウチの中で 裸で気侭に 蕎麦や寿司が食えるわい。」と 自身を励まし続けていた。   

                                       

                                           2004.1.4

    blind06.jpg (24341 バイト)  街かど

 

       「会社員」という30数年間の生活を離れて、半年あまりを過ごした。

      ほんの少しだけではあるが 今までとは違った世界をみることになっており

      いろんな感慨を持つことにもなっている。

              会社のメカニズムこそが 最も旧態依然とした縦社会であろうと思っていたが、

      いやいや そうでもないというのか、それ以上の職人社会もあれば 学校などのほうが

      よほど「縦」型だと言えるかも知れない、とも思いはじめた。 そこそこの会社では 

      近年「人材育成」システム等が見直され改定されたりしているが、そういう面では 

      一般の多くの現場、社会・業界は まだまだ ひと昔前のスタイルが多いということだろう。

      だからといって その良し悪しなどを 云々するつもりはないし、 会社の中で 何度も 

      そういう場面に 立ち会ってきた経験からは、本当の「教育」「教授」は 《師弟》関係

      のようなものでしか 成し遂げられないのではないかとさえ思っていたので 少し考えさせられる。

      私の通っているような専門学校などでも、意識が単なる「先生と生徒」の関係――ということだけでは 

      掴み取れない技能・技術とか、それ以上の「心の姿」のような 一番大切だと思えるものは

      この意識から一歩踏み込まない限り 学び取れないのではないかとも思っている。  

      ただそうなると、何処まで教育を受けるのか とか、教授側の資質・能力や人間性にも係ってくる。

       こういうテ−マで いつか しっかり書いてみたい気もする。

       さて、ここでは 最近感じている街角の風景について いくつかを書き出してみようと思う。 

      何年か後に 読み返してみて笑い飛ばせそうな ささいな低レベルのものであるのだけれど。

       なんといっても 思っていた以上に 日常の《マナ-》が、悪くなっている――と いうのが、

      この数ヶ月間での 驚きであり、時には ストレスを積み上げている要因のひとつだ。

             それは 私が今までの車通勤から やたらと「外」に出始めたが故の ごく個人的なものであるに

      せよ、やはり 10数年前の目黒本社への電車通勤時代とは 大きく変わってしまったと思う。

      例えば 電車の座席は、食事や化粧の出来るマルチ・チェア−とも言うべきでものになっていて、

      私の向こう側の席にいつも座ってくる女子高校生は、その席を化粧室空間にし 数十分間かけて 

      化粧をする。  そのうち混み合ってきて私からは見えなくなってしまうのだが、終わる頃には

      極めて上手というか ともかく綺麗になっていくのだ。 鏡を一心不乱に覗き込みながら

      その「変身」ぶりを 多くの他人の目にさらすなどは かってはあり得ない風景だった。

       こういった特別な部分だけでなく、狭いところでのすれ違い時や 言葉づかい、

      挨拶の仕方などなど 若い人たちの振舞い方に 幻滅を感じることが多くなった気がする。

      もともと、私は 若い人が好きなのだが、これらはちょっと いただけない。

      中学・高校ではどうなんだろうかというのも 私の居る環境からでも おおよそ見当がつく。

      おそらく叱られなければ、堂々と授業中に居眠りしているのを見せつける。  会社じゃ

      間違いなくクビ並みの処分か、たいへんなぺナルテイを課せられるのは必至だ。 

       それでは「吾等がおじさんたち」は このところどうなのかと思うと 以前よりも元気なように

      感じるが 長引く不安定な景況感と不安感は強まる傾向で 心の奥はまだまだ冴えない。

      まぁ マナ−も そこそこで さっきの電車で言えば、7人シ−トに6人座り あるいは7人

      座ってるのに 8人目になろうとするのは 大人が多い。相変わらずの 道路わきでの放尿もだ・・・・。

 

       そう、ところで わが身に起きた変化で 落胆していることと その言い訳?をしておきたい。

      実は このところ「どうも冴えない・頭」と 「なんとも動かぬ・体」に困惑している。 もちろん自分の。

      数年前には 担当した協力会社管理の仕事で「下請け殺し」とまで言われ、内にあっては

      上司に罵声を浴びせることもあった強気のスタイルが、社内での印象だったと自覚しているが、

      今年の春 学校での最初の数日間を経たある時を境に このギラギラ感を剥がし 限りなく

      「気の良い のほほんオッサン」に徹しようとしてきた。 「しっかりやってよ。」と言われそうになる

      屈辱感のようなものを辛抱してでも、「そんなに頼りにされていない気軽さ」で過ごす方が

      楽だし 無用のプレッシャ―もかからないだろうし、ということだった。    で、そうやってきた。 

      ところがというか、やっぱりなのか 「そろそろ頑張らなきゃあ〜。」という近頃になっても

      相変わらず「のほほんオッサン」気質から抜けきれないのだ。  いや そのオッサン

      そのもので「どうも冴えない・頭」と 「なんとも動かぬ・体」に 自らイライラし始めている。

      もともと そんなモノだったかも知れないし、願いどおりに変質してしまったのかも知れない。 

      “人 浅きに就くは易く、深きにつくは難し” ということだ。 それに かっての同僚達に会った際に

      もし、「変わりましたね〜。」なんて言われるのも ある意味 本望だったと思うし、 まあいいか、とも。

      でも このまま パン屋さんになってまでも 「頑張らない・のほほん店主」になると困ってしまう。 

       いろんな覚悟をして 飛び出し飛び込んだ世界であっても、未だに 戸惑いやもどかしさがある。

      今までとは違う街角に立ちながら、そこですれ違い 肩や手に触れ ぶつかったり驚いたりしながら

      近い日には 又 違った厳しいところを歩いているかも知れない自分を想像し、ふと秋風を感じた。

       

       新鮮で、一生懸命でありたい―― と 毎年の年賀状には書いてきた。  そう ありたい。

                                                2003.晩秋  

                      

 

    noo5.jpg (18416 バイト)  いたい と思う

     

     ぽっかりと空く、と いう時間が 近頃多くなってきたようにも思う。

    年のせいでもあるのだろうし、忙中閑あり、という ひとときかも知れない。

    そんな折々に 過ぎる想いは 必ず 何かの事象ではなく 人についてだ。

    それも、最近会う機会のなくなった人たちで、これからも会えないだろう人。

    会社を辞めるのだから ますます 機会はなくなる。

     このまま逢わずに 生涯を終えるのだろうかと思ったりすると、

    猛烈に 寂しくなる。  

     何年も前のことを 謝ったり、御礼を言ったり 笑い合ったりすることは

    今となっては 双方にとっては不自然で、今更のものだったり 迷惑だったり

    いずれにしても 各々の今の生活には おおよそ余計なものに違いない。 

    ただ、この不自然さや余計だという「逢う」ことに  今、 妙に固執している。

    生涯って 人の一生って こんなに短いんだ、と思うのだ。

    どんなに色んなことを やったって、どれほど多くの人に会ったとしても、

    時間も能力も足りないのが解る。  ああ充分だ、なんて思うことはない。

 

      新しい春の季節だというのに、

     これから会うだろう多くの人たちに

     期待と楽しみを抱くよりも、

     何年も逢っていない人のことを 

     恋しく思うのは 懐かしさだけではなく、 

     かって 恋慕の想いを

     いのちに 刻んだからだろう。

               

                 もしかしたら、

     例の あの、体を愛撫するのではなく 心を愛撫し合えたら---というものかも。

  

      そう 思っている。

                               2003.3

 

 

   00tabako.gif (2071 バイト)  裸で ひいひい 泣きながら

    

     ともかく

     その人の 本当の能力や 経験とか年齢や そして人間性までも 

     置き去りにして、 社名や 役職位だけで 言いたくないことを云い、

     聞きたくないことも聴く。

     時には 馬鹿だチョンだ と 言ったり 言われたり。

     それが 

     「会社」世界の常――― あたりまえ と したら、

     その中に 30余年も居れば もう充分だと思う。

   

      それが

     善いとか悪いとか、 正しいとか 間違いだとか や  正か邪か、

     といったものではなくて、

     おそらく 僕の 好き嫌いからだけだろうけれど・・・。

      労働という 汗を流すことの ほんとの最後の

     その、生涯の有終の美は

     そんな 今ここにある世界とは違う処で

     まっ裸で ひいひい 泣きながら 

     でも最後に  笑顔で飾ってみようとするものではないか。

     そう考えただけだ。 

 

  

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    *** 社内の同僚に送った「お知らせ文」 ***

     拝啓

       日増しに暖かくなってきましたが、お変わりございませんか。

      このたび かねて希望いたしておりました「転進・独立」への退職の件 

      承認され、 皆様に ご挨拶させていただくこととなりました。《中略》 

      退職日は4月15日付けとなります。

     突然のことで 驚かれる方も多いと思いますが、旧知の同僚や米国駐在

      時代の方たちには 何度か  この日が来ることを お話したように

     覚えています。

   海外での5年余の仕事の後は、どちらかというと「夢」物語的な目標と

   して “小説を書いて 何かの賞をとる”ことと、“働く・生涯最後の仕事は

   好きな女と パン屋さんをやる”こと――でした。

    小説は書いてはみましたが、賞などとれませんでした。 が、一昨年

   出版社との協力で『詩集』を出版、一般書店でも取り扱ってくれました。  

   小説家には なれないけれど、「本」を出せたことで この夢“成就”と…。

 

   そして、いよいよ 「焼きたてパン屋さん」に 挑戦することになりました。

   30年を超えるサラリ−マン生活にピリオドを打つには ずいぶん逡巡

   もしましたし、今でも その危うさを 気遣っていただく方も多くいます。

   まして この時節、あえて失職することなど無謀かも知れません。

   一方、必死でやれば 何事も 何とかなる。……・・ことも事実だと 確信し

   ています。   「好きな女と…・」が 上手く見つからず 結局 女房とやる

   ことに なってしまいますが、これも好しとします。

    一年間の「専門学校」での勉強の後、現在の自宅前で『開業』すること

   になります。  

   早ければ 来年の5月くらいにスタ−トしたいと目論んではいますが…・・。  

   4月5日が 入学式ということで、この日から「専門学校生」になります。で 

   出社する日も 残りわずかに なりますが、よろしくご理解いただけますよう 

   お願いいたします。

 

  数々の想い出や記憶は どれも素晴らしく楽しいことばかりです。

  ただ、ご迷惑やお手数かけたことも数多く お詫びしなくてはならないとも思います。  

  ご容赦下さい。

  私ほど 上司・先輩や同僚の方々に恵まれた者もいないでしょう。  

  本当に ありがとうございました。

  機会があれば ご挨拶にあがろうと思っていますが、先ずは書面(メール)にて 

  失礼させていただきました。

                 心から お礼申し上げます。  ありがとうございました。  

                                             2003.2.24

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

       情念を謳いあげる 歌姫 といわれる 中島みゆき−−−−。

      僕も好きな歌がいっぱいあります。

      で、彼女の歌の題らしくない「幸せ」というのの一節に

      こういうのがあります。

       “幸せになる道には2つある  1つめは願いごとうまく叶うこと

         もう1つは 願いなんか 捨ててしまうこと 〜〜〜〜どちらも贅沢ね”

       と、 

       何年かかってでも 叶えてみせなければ。   

      でなければ 夢など持たぬことだと 思ったりしています。

 

 

    

 

           art41.gif (18555 バイト)    忘れてしまおう

       昨日までの 
      そういった いろんな 出来事などから
      今の自分が在るのも確かなのだが、
      新しい仕事を スタ−トさせるには
      これらの全てを ゼロにしなくては、と 思う。
       忘れてしまわなければ と、思う。

      いつの運動会でも 徒歩競争というと、一番でゴ−ルした。
      小学校では 校内図工展で賞をもらった。
      賞をもらったことは覚えておいても その時に「人気者」になった事は
      忘れてしまおう。   

      中学・高校では 双子の兄弟で仲の良い 優秀な生徒だと
      近所の人たちに言われていた。
      両親に感謝する気持ちは生涯忘れないが、
      誉められたことと その時の快感は 忘れてしまおう。

      いい会社にお勤めですね、と云われたとか
      管理職になったこととか
      海外駐在を経験したとか、
      これらは 福運と 素晴らしい上司、同僚・後輩のお陰である事は
      いつまでも感謝していきたいが、
      そんな履歴は忘れてしまおう。
      年々、傲慢になっていただろうことは 反省して 捨ててしまおう。

      年齢も 経験も能力でも 僕より一段上であったのに
      名刺に印刷された「社名・肩書き」があるから
      僕のことを「さん」付けで呼び 頭を下げてくれた方達に
      心からの御礼をしたい。 今度こそ名刺は捨ててしまおう。
      職位・経歴は きれいに忘れてしまおう。 

      恥をかきたくない。とか、
      いい人だ、皆の味方だ、と思われたい。とか、
      センスのいい お洒落もしたいし、
      ケチと言われ 貧乏することもいやだ。
      ----- こんなことに、いのちを使っていた。
      
      忘れてしまおう。

      で ないと、新しい仕事を スタ−トし 成功させられない。
      
                                                              2002  

 

     my2.jpg (7082 バイト)  同世代  

              いわゆるス−パ−銭湯といわれる近所の「お風呂屋」に行った。
          脱衣所に入ってすぐだった「♪♪♪〜♪♪ ♪♪♪」と・・…。
          ゛着メロ"だ。   ------ それも演歌。
          誰かの携帯電話からけっこう大きな音(着信/和音という)なのだ。
          その場に居合わせたのは 私のほかには三人。
          誰も動こうとしない。 持ち主は「入浴中」ということらしい。
          まだ、演歌が・……、「♪〜♪♪――」
          俯きながら「着メロに演歌はナイだろうに、――こうなったら
                        
どんな人か見てみよう・…。       でも、出てくるかな。すぐ・…」と、
          ひとり苦笑。 いいや、きっと他の人も そうに違いない。

           なかなか現れない。(この場合、現れないのではなく。お風呂に
          普通に入っているだけなのだが。)
          とうとう着メロが終わってしまった。(掛けた相手が切ったかも。)
          瞬間、脱衣所に 虚しい空気が流れた。(私はそう感じた。はい。)
          が、間の悪いというのか 不幸な人というべきか 一人の中年の
          ちょこっと体格の良い・・…、そう 私と同世代?のオッサンが、
                       
浴室からのドアを押し開けて、なにやら鼻歌混じりに♪〜と---
          さっきまで 着メロが流れつづけていた『脱衣籠』の前に立ったのだ。

            本人は もちろん何も知らない。 やや薄くなった髪、突き出た腹、
           弛んでるわりに腕は筋肉質っぽい、気取った目つき、臆することなく
           小さな男性自身を見せて歩く・・…、間違いなく同世代だ。

            団塊の世代って、人数も多いので いろんな種類の人がいる。
           何故か高校生の末っ娘が毎週欠かさず観る「金八先生」は、
           延々と説法を続ける油のギタギタした同世代の人種だ。 
           この摩擦回避世代の時代にも 人気があるのに驚く。
           いまだに 売れっ子「小田和正」の爽やかさも この世代。
           54歳のはず。 私と同世代----、私のほうが一つ若いか。
            ギタギタも スッキリも 両方とも居る。

            そう、会社にも多い。 一塊で捉えてもいいほどで、今ほど学歴や
           ナンやらでの差など感じない。
           仕事もできるが、助べえなところも共通していて・・… 。  
            時々、たまらなく 愛しくて……。 我等の世代。

            さっきのオッサン、ケイタイをちょっと眺めて、ピピっと
           ボタンを押したようだ。  ほんの数分前の事件は このケイタイが
           引き起こしたものなのに  持ち主は気づかない。

           働き盛りの主流にいた「世代」は、いまだに大人数だけれども、
           刻一刻と進化する「流れ」や「モノ」に 戯れられているような、
           ちょっと 寂しい気分に 苦笑したのは、大げさか・・…。

                                   2002  夏

         010585.gif (3426 バイト)     秋めいて

            病気をすれば 人生観が変わる・・…。と よく云われる。
           そうだなあ、って思い始めている。
           病気になった原因や、入院生活の中での内省的時間、
           病院内での人たちを見て・…、又、職場や仕事を思い起こして・…、
           といった中で、今までの生き方を総括しオサライするから?だろうと。

            ただ、僕の場合は そんな理由でもなさそうだ。
           自分を見つめ直すというような 高尚なものからではない。  
           入院・療養を経験しながら、「体に良い 美味しいもの」を筆頭に、
           『体にいい・…』を理由に 食べるもの、出かけるところ、勤務時間
           等々が変化した。
            豆・豆腐類がいい。となって、友人から「評判の豆腐屋」を教わり、
           毎週のように買いに出かけた。 夕食には豆腐が毎日のように。
           体にいいかも、と 近隣の簡易・日帰り温泉を 軒並み訪問。
           5月と 6月には 毎晩町内の「ス−パ−浴場」に リハビリで通った。 
           いつのまにやら温泉ずき?――に。
            その他にも、シルクの下着が健康にいいというので パンツは
           シルクを通信販売で。・・・・となって、通販マニアになりつつある。

            家族全員が、無事故で健康で いつまでも居られたら良い。
           そう思うことが以前よりも 自然で、日常的に意識していられる
           ようになった。 それも積極的に。   これを「人生観の変化」と
           いうとは思わないが、「その為に いいことなら 何でもやろう。」と思う。
            人生観の どこが、どう・・…と書けるほどではないけれど、
           一日が、とても大切で、貴重なもので、それを皆で分かち合う。
           そんな日々が 少しでも長ければいい。 その為の苦労ならいい。
           その為にも 健康と長寿を心掛けねば。 病気はこれで最後に、
           ――――――との想いが 以前より明瞭になったのだろうか。
        

            【以下、友人のHP掲示板への書き込みから】

         「急性重症壊死性膵炎」とやらになった事件?から
     もうすぐ一年になります。
 

     去年の手帳の予定表を見直してみました・・…。
     915日から18日まで軟式野球の天皇杯応援で札幌。
     105日は文芸社と初めて打ち合わせ。
     翌6日()ERCP検査。と、手帳にはこの後も予定が
     書き込まれていて・…、でもこの日から急遽入院して
     退院が1118日。 会社には126日から出社。
       ―――魔の106日となった。 でももう一年も経った。
     その後の1224日はソ径ヘルニアの手術。3月には
     椎間板ヘルニア発症で救急車で入院。4月にソ径ヘルニア再発。
     ・・…こんな感じです。   
      膵炎といい 再度のヘルニアといい、ちょっと医療ミスっぽいが。
      でも、あっという間に季節は過ぎて。
     果たして 衰えばかりが目立つのは自分だけで、
     この一年で、進歩したものは?って自問。
     ―― 何よりも、誰よりも「隣人を 愛する人達を大切に」ってことに
     又 思いを深めたことくらいか。・…です。
           
それで充分でしょう。

         雨が 強弱のリズムよろしく 降っています。

                                         2001  秋

   

    sleep.gif (12365 バイト)  米国「同時多発テロ」 

          歴史に残るだろう「2001.9.11」という年月日。
         が、これが21世紀を象徴するようなことにはなって欲しくない。
         「戦争の20世紀」を やっと彼方のほうに置いてきたばかりで、
         この新世紀こそ「生命と文化の輝く」ものでなくてはならないのだから。

          テロは絶対許せない。 だが、武力での報復、そして復讐は容認でき
                     
ない。
          例えば、“あの「真珠湾」は奇襲策で「悪」だったろう、
         だから「広島・長崎」が報復で、「正義」だ”――と思う人などいないはず。
         懲らしめや報復だから 広島・「原爆」が“正義”だとは思わないはずだ。
         テロに対しての《毅然とした態度》が「武力」――では悪も正義も無く
         なってしまう。
         米国も、日本も 今やるべきは、「対話」や 「テロを裁く国際システム
         構築」や 「イスラム世界への新外交」を 粘り強く展開するということ
         ではないか。
          テロは許せない。   一般市民への無差別テロはなおさらだ。
         しかし、 繰り返すが 殺戮・報復に「正義」などありはしない。
         きっと、冷静になった時「徹底的に対話すべきだった。」と叫ぶに違い
         ない。

          今回は、とにかく対話をスタ−トさせて欲しい。 
         根本的な原因を探るために。
         後世の歴史家が「21世紀は対話を繰り返す 人類の智慧の時代
         だった。」と 言うようにしたいと思わないか。

         「力」による問題解決など出来ない時代になっているはずだ。
       この「力にものを言わせる」時代をお終いにしないと 今世紀も 
        又「戦争の世紀」になってしまう。

         ところで、これを契機にに いろんな「アラブ/イスラムを
        理解する為の」本とか記事も目立つようになっている。
        そんな中で アラビア語研究の先駆者といわれる故・川崎寅雄
        さんの言葉が記事になっていた。〈以下、抜粋〉
        『コ−ヒ−、シュガ−、アルコ−ル、アルカリ、シロップ、ギタ−
        …・・ソファ−もみんな もとはアラビア語です。ジュバン(襦袢)
        や、ジョ−ロ(如雨露)も日本語ではなく ポルトガル経由の
        アラビア語なんです。みんな文明用品。かっての先進国です。
        人々も皆 ひとなつっこい。
         怖いイメ−ジなど吹っ飛んでしまう。(中略)
        人類最初の文明はこの地で生まれた。
        しかし、長い植民地時代に 欧州は
        “欧米の政治的勝利はキリスト教がイスラム教より優れている
        からだ。
        近代化したいなら、野蛮な アラブの遅れた文化を捨てろ。”と
        言った。
         この伝統と近代化の中で苦悩し、こなれない西洋化の反動と
        して排他的・民族主義、国家主義が台頭してきた。とも 
        言えるんです。
         歴史と背景をもっと知っていかなければ・・…。』 

      全てを欧米中心・欧米優位主義で進めては、問題は解決しない。
        「人間を中心に、生命・未来主義」で 問題を見据えたら良い。
        そしたら、力づくの報復が「正義」だとは 言えないはずだ。

         新世紀の 最初の年。 
        テロは許せない。
        同様に「報復」という名の「人殺し」も賛成できない。 

         
        テレビ画面に繰り返し映し出される凄惨な「テロ」映像。
        今こそ、世界中が結束して テロ根絶に立ち向かうチャンスだと 思う。
        ただ、それが復讐という行為でしか報われないのだったら 
        更に悔いることになる。
     戦争の無い世紀にしようと、今世紀の初め・今年に誓ったはずだ。   

 

          

 

    yun334.jpg (6221 バイト) メ−ルの流行に思うこと

        会社の中と同じように 家族同士や友人などとの間では
       とにかく「便利」だ。 相手の都合や「在・不在」の確認、
       それに 受け取るときの「ご機嫌」などを気にしなくていいという
       自分の都合だけで いつでも ごく簡単に送ってしまえるのだから。
       それに安いし、遊びで 自分を架空の人物にして やり取りする
       といった「遊び道具」としても 優れているかも知れない。

        でも、ここでも以前に書いた「摩擦回避」型の 若い世代を思い起こす。
       「便利・面白い」は、「ストレスが少ない」に通じているようだ。
       そのストレスは「人に直接会って、やりとりするのは面倒」というもののようで、
       少し知り合いたい、が、そんなに深くなく・…、孤立は嫌だが、接近・摩擦は
       回避したい。――こんな意識があるのではないだろうか。
       こんな矛盾に 見事に応えた??のが「メ−ル」ではないのだろうか。

        ますます生身の人間の 付き合い、触れ合いを希薄にしていってしまう。
       子供たちに「面倒がらずに 触れ合い、もみ合うことが 大切!」と
       言い続ける事を 大人の仕事、親の責任だと 考えたい。
        触れ合うこと・もみ合うことを経験しなかった少年が、大人に成りきれずに
       思いもよらぬ行動をとってしまう事を 私たちは 見てきたはずだ。

        便利で楽しい、安くて簡単な「メ−ル」は、もっともっと定着していくだろう。
       しかし、それが「摩擦回避」「面倒な 人付き合い回避」だけの為にならぬよう
       注意してみていきたいと思う。

    yun370.jpg (9681 バイト) 「出会い系」サイト

          「メ−ル・・・・・」に 引き続いて 書いてみようと思う。
         これも「間接的・遠隔・・…」という「メ−ル」同様の インタ−ネットが持つ
         機能と性能?・性質が 生み出した 「最近の人間社会」からの逃避と
         「架空」の自分を作り出せるところから 出発したように思える。
          デイスプレイの上に並んだ文字を読みながら、そこがあたかも
         双方の「心の出会い」の、それもごく近くにいる?相手との 交流場所と
         思い込んでしまわないだろうか。。

          これは錯覚だ。 表情も 息遣いも、瞳の動きも見えない、聞こえない中で
         それが反って(他人からは見えない15インチのデイスプレイと手のひらの
         携帯の文字が)二人に 近距離感を与えてしまうのだろう。
         日常の中では言わないことや、自分のことを延々と 話す・教えてしまう。
          家族を含めた周辺へのコミュニケ−ションが 上手くできないはずが、
         インタ−ネットを使うことで、「近距離」になってしまい、無防備になるところに
         悪意と暴力が入り込んでくるのだろう。

          ずいぶん以前のこの欄に、世界一の文字文化の国になるのも、
         プラトニックな恋愛を成就させられるのも、このインタ−ネットや携帯電話の
         「メ−ル」機能の効能ではないか。と 書いた。
          ただ、それも一歩間違えば 「生身の人間との触れ合いや、摩擦回避」の
         手段になってしまうし、「犯罪を誘発」させるものになる危険性もある。
          勿論、現実の遠距離と誰にも知られずにデイスプレイで逢えることで
         危険なものに手を触れる可能性が、年齢や職業や行動性向とは無縁に
         その裾野が広がってしまったことも事実だと思う。

          ちょっとさっき、「出会い系サイト」を覗いてきた。 15インチの中で
         何のてらいもなく、登録できてしまいそうで ドキリとした。

          各々の人間性と、冷静で賢明な心掛けしか 防御の策は無いのだろう。
       

           
       

fl4.gif (6086 バイト)     新鮮

 新年、新世紀、参千年紀に向けて・… と言われるのに
ナンのエッセイも書けないのは、浅学・無能を実証している。
 かといって、「所詮時間は継続してる」――と言うほど
無感動者ではないことも 実感している。

 居間のクリスマスツリ−は 去年(前世紀と言おうか)のままだし、
重症急性壊死膵炎を患った後に、弱りきった体をソ径ヘルニアが
襲い(なかなか、凄い表現)、年の暮れ30日に退院したばかりの
体の痛みは 去年からのまま。 抜糸すら済ませていないのだ。

 今回は何故か好い予感が・…、と家族全員が呟いた“年末
ジャンボ宝くじ”も無駄な20枚の紙くずとして 何処かに消えた。
でも、ドキドキする事が こんな事しかないのでもない。
 ドキドキ・ワクワクすることは、気付かぬうちに毎日やって来る。

 今年も 家族にだって沢山のイベントが待ち受けている。
就職先未定の大学4年生の長女、どうするんだろうか な。
高校入試目前の三女、志望校に進めるかな。  それに、
なによりも 親父(私のこと)は すぐ詩集の発刊があり 夏までには
小説も書く予定。 その頃までに 新しい職場(会社)に異動して
いるかもしれない。 
 目に見えるちっぽけな事象ですら こんなである。
まして、生命(いのち)の中で揺れ動き 触発されゆくことは
きっと数え切れぬくらいあるに違いない。

 ナポレオンは「吾が人生は なんと小説(ロマン)なことか。」と
書いているという。
 そこまで 云うこともないが、 自分で創りあげ 自ら演じていく、
真っ白いキャンバスの上に あるいは磨かれた舞台の中央で、
いや時には泥水に咲く蓮華とともに…そんな毎日、毎月になる。
 そうしなくてはと 思っている。


 新世紀のスタ−ト年。 テ−マは 『新鮮』とした。

2001年最初の駄文、やっと書き込めた・……、今年もよろしく。

                    

              bak279.gif (1594 バイト)       約束

       今週から出社、一日8時間をしっかり働けるか確認したが、
      午後の2時近くで やたら疲労感。   4時にはギブアップ。
      来週は もう少し頑張れるはず。

       入院中に約束したことが 二つある。  愛妻と愛娘に。
      「ご苦労様、温泉旅館へ二人で一泊。」というものと、
      「これを契機に、タバコはやめる。」の 二つ。

       女房の苦労は 突然の入院の その初日から始まった。
      病室で のたうち回る夫君の傍に居て、「尿道に管を入れますから
      我慢するように言ってください。」という看護婦さんの催促を
      伝えること・・…から。 仕事を4時頃終らせて 車で直接駅に、電車で
      40分かけて病院に、解熱剤が効いていればいいが、そうでない時は
      夫君の体を拭いたり パジャマを着替えさせたり、で 塾に通う末っ娘の
      送り出しがあるので また1時間掛けて自宅に……。
       結局、40数日間この繰り返し。
      「温泉に入って、美味しいものを食べたい。」のが昔から大好物の彼女。
      水上温泉に 行くことに決めた。 夫婦とはいえ 心から感謝している。

       時折訪れる愛娘3人を ベッドの上から見るほど 哀れなことはない。
      神妙な顔つきで立ち続けるだけの彼女達に 「ごめんよ、早く退院して
      みせるから。」と 不覚にも涙ぐんだ。 
      「ほらほら お父さん、泣いちゃあしょうがないでしょ。」と小さく呟く女房を
      横に、「父さんは、お前達3人に感謝する証にタバコを吸う事をやめる。」
      と 宣言した。 
       眼の周りが落ちこみ、手足が極端に細くなったことがパジャマの上からも
      判るようになり、こんな所にいつまでも居たくないとダダをこねる子供のような
      自分の父親のベット上の姿は、当分の間 彼女達の記憶に残るだろう。
       喫煙が「膵炎」に悪いわけでも 医師に止められたのでもないが、
      健康第一で 親父も もっともっと頑張るで、と言う 宣言だ。
      2ヶ月以上経ったが、もちろん 禁煙している。

       外科医師の間では もう少し入院期間が必要との認識だった様で、
      流動食を摂りはじめた時点で 一気に退院・自宅での食事療法という
      唐突とも思える日程は、主治医の「なんとか早く…。」との責任感?と、
      自宅に帰りたいと云い続け、一時帰宅(外泊)後に 劇的な変化をした
      患者()の執念、それに「家族・家庭」の持つパワ−が作り出した。

       人は誰もが「自然治癒力」という 自分の力で あたかも自動的に
      治癒・回復していく力がある、ということも実感したが、それに相互に
      触発しあったり、働きかけたり、力を倍加させたのは「家族・家庭」では
      なかったか、とも 思っている。 いや そう確信している。

       だから、この人達に感謝し で、一番喜んでくれることを「約束」した。
        

 

       list2.jpg (3436 バイト)  詩集

   今年も 今月だけ。   
  いろいろあった、――― 世紀末だからでもないだろうに。
  いやいや、世紀末だからかも・…
  今日で丁度2ケ月間も 会社を休んだのだから。
 

  ところで、今年はいったいどういう一年だったろうか。 

   先ず、仕事のスタイルを変えようとした。 
  若い人達の近い将来を考えると このスタイルをやるしかない
  と思った。  率先垂範を試みようとしたが、ずいぶん疲れた。
   
もう今の職場に 自分の居場所は無いのだと思っている。 
  若い人達のセンスや仕事観でやればいい。それが一番良いのだろう。
  勉強しない、本も読まない。必死にならない、変えようとしない。
  変わろうとしない。―――こういう人も まだ多いのが、気になる。



   脱サラで「パン屋さん」をやる決心をしていたが、ある事情でご破算にした。
  残念というか、止むを得ない。  このことが関係したかどうか、     
  ご破算を決めた頃から 毎週土曜日の 夕食は、僕が料理することになった。
  教科書を見ながらだが洋食・中華の 定番どころは、一通り作れるようになった。
  子供達が「美味しい。」って言ってくれ、女房が嬉しそうな顔をするのが
  とても心地良い。   出来あがった後は、末っ子が写真を撮ってくれた。
  調理道具、香辛料も ずいぶん買いこんだ。
   小学校時代から 図工が得意だったので、気がつくと料理もそんな感覚で
  作っている様だ。 楽しい。
   既に ここのエッセイ欄でも書いているが、食材購入からの料理の仕事は
  大変な重労働だと実感した。 中華は 特に楽しさと大変さがある。
   モノを作ること、その現場に自ら立つこと、女房と一緒で・・…パン屋さんで
  なくても実現できるかも。
 
   但、膵炎に掛かってしまった・…。 いつから再開出来るか、不明。

   大阪にいる姪っ子の結婚式で、親戚を代表して女房とハワイに行った。
  米国駐在の帰任の折に 家族で立ち寄って以来で、懐かしかった。
  ほぼ一週間。      タイガ−ウッズが廻ったゴルフ場でプレイもしてきた。
  いつからか女房と二人で出かける様に心がけている。
  ゴルフも二人でしか やらなくなった。  夏には 草津にも日帰りで行った。
   入院中、44日間毎日 仕事の後に一時間近くかけて病院に来てくれた
  女房と 「退院して元気になったら、温泉にでも行こう。」と約束している。

      それにしても、家族の力って凄い。  入院ほぼ1ヶ月の時点で、
  「リフレッシュの為の 外泊・一時帰宅」をした瞬間、熱は下がり 声は出る。
  顔色が良い。
   それまでは 週に一度の割合で、三人の愛娘達が 見舞ってくれる度に、
  涙が出そうになっていた。 「こんな所に居たくない。」と小声が震えた。
   50歳を過ぎて 解りはじめる「家族・女房の愛しさ」とは これなのかも。

 

   文芸社という「素人の原稿でも出版を検討しますよ」という出版社がある。
  このホ-ムペ-ジの「詩・恋慕」の欄を 評価してもらおうと思い、送ってみた。
  大学生の二人の娘たちも、しきりに勧めてくれた。「父さん、やって見ようよ。」
  ほとんどが去年の夏から 今年の初春までに書いたもので、最近は
  詩づくりのペ-スが落ちてしまっている。

   パン屋さんにも成れず、猛烈に働くことにも ふと立ち止まるようになった昨今。
  この時代に、自身で確信した 多感な生命と 沢山の愛すべき人たちと
  かけがいのない家族、これらを 文字にし、言葉にして来た。
  気がつけば、100篇()を超えていた。   
詩集にして 残しておきたいと
  思うほどのものでもない。が、サラリ−マンとしてだけではなく、「詩を描いた」人と
  しても いられたらいいなと思った。

   出版社の評価は、商売上の美辞が並んではいたが、随分誉めてもらった。
  詩集というのは もともとそんなには売れないもの、という事で 初版の費用は
  全面著者持ち 宣伝・流通は出版社がやるという「協力出版」になった。
  自動車一台を買えそうな出費になったが、まあ〜ヨシとしたい。

    来春 2月1日の発刊予定 「恋慕 〜jeffの記憶〜」   (\,200) 文芸社

00.jpg (11984 バイト)

   大切で、好きな「書くこと」のHP上での集大成のようになる《詩集の出版》、
  丁度入院と重なり ほとんど出版社にまかせっきりになったが、イメ−ジづくりは
  その都度確認したので 自分で言うのもおかしいが、きっと自分らしいものが
  出来あがると信じている。
   この中の幾つかは、ネットでの先輩(ほとんどが お姉?様)の方に贈ったり、
  投稿させていただいたものであり、そういった記念、記憶に残るものでもある。

   一番喜んでくれるのが、オヤジとお袋で そして我が家族に違いない。


 

 

004.gif (6064 バイト)  【吾が入院顛末記】――同僚への手紙―― 

 前略。  

 大変なご心配を掛けてしまいましたが、先日より自宅療養で過しております。
本当に ありがとうございました。
 この後も公私に亘り、種々お世話になることと思いますが、以前にも増して
ご指導ご協力の程 何卒よろしくお願い致します。

 振返ってみますと、106日に 何の準備せずに「ERCP」という検査を受けた
ことから全てが始まりました。
この数年間の「人間ドッグでの指摘項」は エコ−検査による「胆嚢摘出後の
胆管拡大」と言う事でしたが、その事での体調の不調などはありませんでした。
食べ過ぎたり同じ姿勢を続けたりすると、かって胆嚢があった辺りが痛む と
いうことも時々ありましたが、病院でのエコ−、胃カメラ、造影X線、CTなどの検査
では「胆管拡大はあるものの 病気としては無し。」という その程度でした。
 但し、詳細に検査し健康であることを確認するには、最終的には「ERCP」と
いう検査をやるのが一番良いという事も 以前に聞いており、「それでは公私
とも忙しくなりそうな前に その検査をやろう」という事にしておりました。
 このERCPは「内視鏡的逆行性胆管膵管造影法」と言われるもので、
軽度の合併症(膵炎等)の可能性から 点滴の為の一泊の検査になります。
しかし、実は後で解ったことですが、この検査による合併症として
『急性膵炎』が約0.1%の確率、 『重症急性膵炎』が更にその10%の確率で
発生するらしいのです。

 結局、私の場合は この10,000人に1人という「(重症)急性膵炎」になりました。
10月6日の夕方の検査直後、体がバラバラになるような痛みが走り、高熱で
周囲がナンだか判らない不覚の状態になり そのまま入院継続となりました。
若い医師達が「こんなのは初めての経験」(赤心堂)というくらいの膵炎でした。
 当分は絶飲・絶食、その後は水分のみという「ベッド安静」が 11月第2週まで
続きました。    30日間余を経て お粥を食べられることになったのですが、
流動食(お粥)を食べ始めるについては、「もし、これで食後に 腹痛と熱が出れば
治療をゼロからやり直す事になり、外科的治療(開腹)もやらざるを得ない。」とのこと
でした。

 私の膵炎の症状は「急性膵炎」「仮性嚢胞」「感染性」で、明らかな仮性嚢胞は、
重症の膵炎の状態でした。 (*仮性嚢胞とは 膵臓がとろけて、壊死状態になり
周辺の組織に包まれた嚢状の状態。) 
 この週あたりから 夜になるとノイロ−ゼ気味になり、「お粥を食べ、後はじっと
しているんなら 病院に居なくても・…自宅で出来る。退院したい。」と繰り返し訴え
ました。
 看護婦さん達の間でも「あの人、もつのかしら?」と 毎朝 やつれた顔を見て
話題になってもいたらしいのです。
 10月下旬までは38度台だった体温が、37度台になりはしたものの 体重は当初の
58キロから50`にと激減し、夜は2,3時間程度しか眠れなくなっていました。

 膵炎は自己消化性の炎症で、消化性胃炎や胃潰瘍に似たメカニズムで起ります。
つまり、膵臓が自分で分泌した強力な消化酵素により、自分自身(膵臓)を溶かして
しまうという「慢性」になってしまうと、何時になっても完治しない病気らしいのです。
 私の場合は「検査による急性の膵炎」ですから、治療さえしっかり続ければ、
2年とか3年で元に戻る可能性はあり、逆に2、3年以内に再発することもあるようです。
今回も病院側としては、もっと入院期間を長くしたいと いう意思もあったようです。
ただ、この後 体調が戻ってくればくるほど、
「ベッド安静」が我慢できなくなり 深夜になるとノイロ−ゼの様に「退院したい。帰り
たい。」と言っていましたが、 13,14日の2日間の「自宅・外泊」が急遽 許可され
ました。   5分粥・豆腐・野菜ジュ-スだけの2泊3日でしたが、精神的にものすごい
回復の兆候を示せる「外泊」となりました。
この状況を把握した主治医が 「早期退院・家庭での養生・外来で検査」を決めること
になり、外泊後の血液検査をベ-スに それ以上の改善が見られたら「退院OK」と、
18日に検査をしてくれました。    白血球数など、まだまだ高いのですが、改善
方向ということで、退院が決まりました。
 18日以降なら何時でも良かったのですが、11月18日()に こだわりました。

 食事療法での「徹底」内容は、 @ 完治まではアルコ−ル厳禁   A 脂質類
(
肉・天婦羅・魚など)は、医師の許可が出るまで禁止   B 香辛料やカフェインは
極力控える      と なっています。
 蕎麦・うどん・豆腐・豆・野菜・パン・和菓子・白身魚などは いいようです。というか、
こんなものしか当分は 食べられません。
二度と あんな苦しい思いはしたくありません。
その為には「食事の徹底」をしていきます。    こういう状況です。

 退院一週間後の 25日()の体重は 47.6キロ。
ついに 10キロも痩せてしまいました。  胃袋が小さくなったからでしょうか、なかなか
食欲が湧いてくるほど 胃腸もスッキリしているとは思えません。
 ただ、ひとつひとつ ゆっくり進めながら 着実に治癒していくつもりです。

 以上、 突然の入院からの経緯を 書かせていただきました。

一日も早い 現場復帰を目指して頑張ってまいりますので、もう少しご容赦下さい。

又、たくさんの激励やらお心遣い、心より感謝しております。
      
                           本当に ありがとうございました。

 

      164.gif (6720 バイト)  真夏の夜のお伽噺

      去年の夏は 今頃は「埼玉新聞文学賞・小説募集」の〆切を目前に
        必死で原稿用紙50枚の小説に挑戦していた。
        予想どうり その後なんの通知もないし、ネットでの発表もなかったので、
        落選したということだ。
         それでも郷里のお袋は、「いつか本になって 発売されるんでは。」と
        いまでも毎日、新聞の書籍広告を丹念に見ているという。
        サラリ−マンよりも、「文章書き」か「絵描き」になりたかった息子のことを
        よく知っているから……。もはや本にはならないと 解っている筈なのに。

         米国駐在時は 現地生産法人のVPを務めた末っ子の息子が、
        親父譲りの無鉄砲さで、上司を馬鹿呼ばわりしてしまい、以来「万年課長」
        でいることに「最後の夢」を見させられたら…と、祈ってくれている。

         今日夕方からは 中学3年生の三女の「宿題・ポスタ−」を応援。
        とはいっても、「お父さん、やり過ぎだよ。私の絵なんだから。」と迷惑そう。
         親も子も 間違いなく歳をとっていく。 でも、親から見れば 子供は
        いつまでも「見守っていないと心配な・我が子」なのである。

         この夏は、久しぶりに悠悠自適のせいもあって、いろんな事に出遭った
        ように思う。  女房と3人の愛娘を ゆっくり見ていられたような気もする。
         10代の少年と親の悲惨な事件。 企業倫理を疑うような事件。
        それに、ハワイでの結婚式参列。   中学時代の友人からの辛そうな便り。
        ネット友達の哀れな正体。 中華料理は体力だ、との悟達。等々――。

          飾らず、媚びず、繕わず。――このことが、どれだけ大切で、難しいか。

         長女も三女も それに女房も、この季節の生まれ。 
        ――― 花火、ひまわり、麦わら帽子、かき氷、甲子園、スイカわり・…。
         畑仕事を手伝う中 親父に猛烈に怒られ、生まれて初めて泣きながら
        飛びかかった少年の頃も この季節だったと思う。        
        ブラウスの上から 初めて女性というものの肌の感触を恐るおそる確かめ
        震えながら「好きだ。」と 言ったのも 汗の匂いがする季節だった。

         太陽が眩しい季節だから、少年の心になれるはず。
         虫の声が夜空から聞こえてきそうだから、少女に戻れるはず。

  ――― ドラマチックな季節の後は きっと ロマンチック なことを僕は知っている。

                         夕立、絵日記、蝉の声―――   2000.8
         

    031.gif (1998 バイト)      残暑見舞

         どこの店舗の「夏物一掃セ−ル」商戦も、もう終盤の雰囲気だ。
         (いわゆるデパ−トは、すっかり秋物で 賑わっているらしいが、
          我が家のような庶民には行く機会もないので よく分らない。)
        別に売れ残ったわけでもないだろうし、この時の為に用意したものも
        あるはずで 集客・夏枯れ対策に違いない。

         何十個もの「風鈴」を並べて(吊り下げて)いるお店があった。
        そうか、風鈴ね。 ……買わなくなったよな。
        いつの頃か、軒下にしろ 台所口にしろ 「涼を求める」場所には
        毎年新しいものを 吊り下げていたはずだが、最近は、全く買ってない。

         家の中に、外からの風を受けるところがない。つもりがない。
        暑い日は エアコンで涼をとる。   暑ければ暑いほど 部屋は
        閉めきることになる。  まさか、扇風機で 
風鈴を鳴らすのも・…。
         風情とか、風流といったことを欲しいわけではないが、お決まりの
        言い方をすると「快適さ、心地よさ――が、時代で変化した」のだ。

         そこそこのお金さえ出せば それなりに快適さを手に入れられる時代。
        温度も湿度も、音も臭いも、味も・・… もちろん不快感は少ない方がいい。
        外気温36℃が 風鈴の音の威力で25℃まで下がる事は あり得ない。
         880円の風鈴が その涼しさを感じさせる可能性も、59,800円の
        エアコンが 確実に室温を下げる力には おそらく及ばないはずだ。

         だからといって、みんなで原始時代に戻ろう とは思わないし、
        快適さを求めていくのは自然で、永遠にそうありたいとも願っている。
           (そのうち エアコンから 音と香りが送り出されてくるかも。)

         日常の「快適さ」に慣れ過ぎたせいか、 人・他人に対しても
        この「快適さ」を 求めてくる人も少なくないと感じている。  
        「耳障り、目障りなものは嫌だ。」という、先日来の『摩擦回避』的
        生き方で あれが多種多様なストレスから顕在化したとすると、
        これはストレスそのものから 逃避したい、拒否したいということだろう。
         ネットの中でも そう感じられるHPや 掲示板の書きこみに出会う。

         心身とも ひたすら自分の『快適さ』を求めすぎるのは危険だ。
        汗(冷や汗も)を流すこと、他人や周辺環境との間合いを詰める、
        ちょこっとでも主義主張を持つこと…。  心がけたいと思う。

         我が家の子供たち、「父さん。アタシの部屋、エアコンつけていい?
        と聞いてくる。 「さすが、吾が愛娘。 偉い!」と思っていたら、
        「ううん。皆がつけるとブレイカ−が落ちるんで、母さんが聞け って。」
        ということだった……、ありゃ。

         汗を流した後のビ−ル、議論した後のタバコ、残業の後のデ−ト?
        ほんの少し苦労しただけで、その後の普段のことが「快適」に思える。
        そう感じられるんだから 少しの苦労の中には 全身であえて飛び込もう。

         来年の夏には、どこかの窓近くで 風鈴の音色を 楽しんでみようか。  
        

    
           
bgb009.jpg (4662 バイト)    映画と原作小説 @ 

        ビデオを借りてきた。 「マ−クスの山」と「LAコンフィデンシャル」。
       一気に観た。 僕は 本を読む時も、2冊くらいを同時に読む。
        (2冊を並べて読むんじゃありません。(^^ゞ両方を少しづつ…。)
       そのせいもあって、少し経って振り返ると どちらのほうも
       あらすじと主人公の名前を 思い出せないことがある。
       「スト−リ−や 登場人物を忘れても、その都度 その時に感動し、
       泣いたり笑ったりすればいいじゃない。」と もっともらしい理屈で
       誤魔化すことにはしているが、ちょっと情けない。
        で、この2本、イッキに見た。幸い邦画と洋画、混同せずにいる。

        「マ−クスの山」は 少し古いが ご存知《高村 薫》の名作。
       最近のヒット作「レデイ・ジョ−カ−」の前段作で合田刑事登場作だ。
       この[原作を読んで、その後 映画化されたら それも観る。]ことが
       多くなりそうな気がしている。
        もともと僕は― 本は日本文学、映画は洋画―という主義みたいな
       ものがあって、(父親の影響もある。)個人的には前述のとおりとは
       ならないかもしれないが、 ビデオ・レンタルが盛んだし DVDでの
       タイトルが増えてくれば 今日のようなことも多くなる。

        「鉄道員・ぽっぽや」や、「秘密」「OUT」なども映画やTVドラマ化、
       「ホワイトアウト」もそうだ。 これなどはみんな原作を読んだ。
       映画だけでしか知らない代表的なものは、名作「砂の器」。

        「マ−クスの山」を観て思った。 「小説のほうがいい。」と。
       あくまでも個人的な感想だが、「映像が文学を越えるのは難しい。」
       のではないか。 ちょっと大上段からの生意気な言い方だが
       少なくとも今回は そう感じた。
       
        本は、そのペ−ジをめくりながらの 押し寄せるドキドキ感がある。
       又、人物や風景も 読む人の中でイメ−ジできる。しなくては読めない。
       その上に 文字、漢字と 書き言葉からの なんとも言えぬ響きや、
       文字どおり「心象風景」が 形成されながら 共感して進んでいく。

        映画になると、役者さん(俳優というのがいいのかな)のイメ−ジが
       先ず目の前にある。  有名(優秀?)な役者さんほど 強烈だし。
       吉永小百合は「失楽園」に出ては困るし、高倉健が「釣バカ日誌」に
       出てもらっては 絶対いけないんですよ。(ここだけ口調が変わった。)  

        で、何 書こうとしてたんだっけ。
       だから… 名作や気になる小説は、先ず 原作を読んでからに
       したら どうだろうか。 あるいは映画を観て 感動したら、必ず
       原作も読んでみるべきだろうと。

        文字、行間からの 圧倒されるばかりの感動がたまらなく感じるうちは
       出来る限りの読書に挑戦したい。
       
        映像と音楽と 役者の見せる表情、息遣いに 溜め息つきながら
       数多くの映画を観るようにしたい。

        原作本があるものは 出来れば数日間かけてドキドキしながら
       そのスト−リ−に どっぷり入り込んでみたい。
       2時間足らずで あっという結末を観てしまうよりは、全身での疲労感、
       そう 心地よい一味違う疲労感があるはずだ。

 

     ―――――それでは、サヨナラ、サヨナラ、又お会いしましょうネ。
                 
(これが 解る人も 昨今は少なくなりましたが・…。)
        ということで、@章は ここまで。  いつか第Aを。      
       
054.jpg (11243 バイト)   帰省 

       お盆の大型連休も 残り少なくなった。
      今回は、帰省もしなかった。 6月に両親に来てもらった事とはいえ
      気がつけば、今年は お正月にも帰ってない。
      以前にも書いたが もう両親は87歳と82歳。 後数年間くらいしか
      会う機会はないだろう。
      年に 数日間、とすると 残りの生涯で 数十日間しか会えないことになる。
       凝縮すれば ほんの一月程度だろう。
      
       子供が 両親相手に遊んだり 出かけたりする頃は、親が忙しい頃。
      親がやっと 休めるくらいになると 子供のほうでは そんなに親を欲しがらない。
      長い すれ違いが続くことになって、そのうち双方とも 老いてしまう。

       でも それは哀しいことでも、寂しいことでも ないのだろう。
      人の、親子の、肉親の生涯の関係は こうやって巧く過ごしていくものかとも思う。

       膨大な量になったろう手紙を 書き続けてくれる母親。  
      新入社員時代と 全く同じ心配の言葉を掛けつづける父親。
      次に生まれてくる時も、この二人の子供でいたい。と思う。
       そして、わが愛娘たちも 次回も 我々二人の子供であって欲しいものだ。

       女房に この話をすると、「でもねぇ。あの子達は…どう言うか、ねえ。」と、
      よそ見をしながらの 返事。
      「ダイイチ、ワタシガ アナタト イッショニ ナルナンテ、ムリカモヨ。」という
      呟きが、聞こえたような 聞こえなかったような・・…。 

       『杜子春』に見た親子の情。 恋慕の情。
      時間を作って 「帰省」することを責任のように 感じ始めた 今年の夏だった。


       
151.gif (179 バイト)   3割打者

       今年の巨人は強い。  
      リ−グ優勝は99%間違いないと 言われている。    そう思う。
      よく打つ。それもホ−ムランだから あっという間に4、5点取れる。
       ところで、強打者といわれる場合は いわゆる「打率3割」以上。
      但、この「3割」を打っているのは、巨人では仁志と松井とマルチャン。
      どこのチ−ムも いても一人だけというのが実態だ。

       飛躍するが、要するに「“打つこと”が仕事で、その成功率が
      なんと 30%でも 超優良の仕事人となる。」のだ。
      こんな社会、業界はめずらしい。 会社で 任された仕事の30%しか
      達成できない奴は 間違いなく“落伍者”になる。
      10回のチャンスを与えられて、7回失敗しても「優秀」扱いされ、しかも
      桁違いの給料を貰えるんだから…。

       僕の嫌いな「癒しブ-ム」的に云えば、「だから人生、あせらずに」と
      いうことになってしまったり、「相田みつお」さん風?に云えば「30%で
      充分、70%の失敗人生で ええじゃないか。」ということか。

       う〜ん、そうもいかんよね。 世の中、沈滞してしまう。
      結果は どうであれ 3割であれ、いつも挑戦しつづける「努力は100%」の
      人生にしたい。
       イチロウだって、松井だって きっと そう考えているはずだ。
      その為の 過酷で、悩みながらの 毎日のはずだから。
      その上に 彼らは数百万人の人に 夢と ドキドキ感を与えつづけてる。
      桁違いの給料も頷けると言えまいか。    
       他人に「夢」を贈れる仕事。これなら30%くらいが 一番いいのかも。

       でもなぁ〜。 僕なんかサラリ−マンは もうちょっと仕事してるよな。
    

     
       
071.jpg (18803 バイト)   塩狩峠

                 ネットの先輩から薦められた『塩狩峠』(三浦綾子)を読んだ。
      映画にもなったらしく、女房などは 当時 泣いたそうだ。
      僕はどちらかというと こういう(どういう)ジャンル?は苦手だ。
       教会系の機関紙に連載されたせいか 教条的な言い回しも
      少なくないからだと思う。  「神と人」を区別するようなところも。

       でも、感動した。
      それは 神の教えとか、単にモラルの高さを謳いあげたような、
      そして最後の悲劇的な場面を、描く為だけでなかったからだと
      思っている。
       人間の 自らの信念、信ずるものの為には 全てをかける心
      (信心というのかも)の確かな存在―――を 確信させるからか。

       かって、どこかで「ああだ、こうだと言ったって 信念・信仰心の
      最高・最善の行為は、“殉教“にある。」と、聞いたことがある。
      この時代、命を落とすこと同様に 自身の社会的な一切のモノ
      を全て擲つことでしか 信念・信仰を全うしたことにならない。と
      いうことだと解釈している。

       主人公の青年の 心の軌跡を通し「人としての振る舞いは、
      誰かから授けられるものでも 学問で得られるものでもない。
      本来持っていた胸奥の“いのち”は、勇気ある信念で顕在する。
      愛すべきは近隣の同朋だけでなく “いのち”あるもの全て。」
      ということを 感じ取れた。
       人の、人としての最高の発露は、行為・行動・振る舞いの中から
      しか表現できない。振る舞いこそが その人の全てとも。

        塩狩峠。  碓氷峠、野麦峠。 「峠」は 何故か哀しい。

       ただ、単なる《信仰心と哀愁と感傷》の物語としてではなく、
      力強い 宇宙大の力を秘めた「本来の人間の姿・いのち」を
      描いたものだから こんなに感動したのだろう。
       たとえ、信仰心が そうさせたとしても それを著者が訴えたと
      しても、僕等には それを「人としての 信念」――と思いたい。

        (この本は もう女房が 町の図書館に返却済み。
           映画と併せて もう一度 観てみようかしら…・。)
       
        

    139.gif (1330 バイト) 世界トップレベル

        先月の「日経ビジネス」誌の“敗軍の将、兵を語る”に葛和さんが
       語っている。 元全日本女子バレ−監督の「怒る人・葛和伸元」だ。
        葛和ジャパン、トルシエジャパン、平尾ジャパン等々 全日本の
       チ−ムに監督名を冠される 皆さん個性的で素敵な方達の一人。

        「敗戦の原因は、本選直前の合宿での 自分の姿勢にあった。」と
       断言している。 「戦術転換、選手起用、支援環境…どれも 何を
       言われようが最善だったと云い切れる。 でも、直前の合宿で――
       ―もう そろそろ選手たちに奔放に各自のペ−スでやらせた方が
       いいだろう―――と思ったことが、大事な場面でのツメの弱さを作った。
       最後の最後まで 怒る人に徹すべきだった。」と いうような内容だった。

        世界のトップレベルに勝ち上がるには、何年もの間、緊張し続け
       怒られ続けなければならないのだろうか。 監督も選手も、辛い。
       我々の想像を越えるような訓練と、それに耐えられる素質と辛抱。
       「世界のトップレベル」は やはり そんなもの、凄いものなんだろう。

        タイガ−ウッズも ソ−サも…。柔ちゃん、それに岩崎恭子さんもか。

        オリンピックまで丁度1ヶ月。 メダルを狙える日本選手も多い。
       その後の「人生」にも 金メダルを狙い、ぜひ掴みとって欲しい。

       一番苦労したものが、一番幸せになる権利がある。と 信じているから。

    

         078.gif (168 バイト) 

        何年ぶりだろう。 猫を飼っている。「飼う」って嫌いな表現だが…。
       動物を育てる難しさや、死なせた時の寂しさやらで やはり「飼う」
       ことは避けたかった。  
        ところが今回は「お父さん、いつもと違う」のだ。自分でもそう思う。
       春に生まれたばかりの 男の子猫。   3愛娘と女房に囲まれた
       通称ハ−レム環境に、遂に現れた同性の生き物。 「孫」扱い? 

        連休中でもあり お相手(^^ゞさせてもらっているが、この児の行動
       パタ−ンと気性がおもしろい。
       徹底的に媚びるか、怒り出すか、わがまま言うか、寝ているか の
       四つしかない。   声まで変える。 歩き方も変わる。

        そういえば 人間だって こんなパタ−ンで過ごす日もある。

       「畜生」に還える瞬間だ。 我が家の中で この児にキス出来るのは
       私だけで 同性愛の極みを楽しんでいる。 男は「畜生」に近い?
                
        もっと「人間らしく」なければ、退化が進んで「ひと→猿→猫・畜生」に
       戻ってしまうかも・・…。
        媚びる。怒る。我侭。あとは食べて寝るだけ。 jeffニャ〜ン。
       ついさっきも 突然 噛みついてきた。
       「このォ-! 去勢してやる!」って怒鳴る自分が なんとも哀しい。
        我が愛妻が 苦笑している。

       人と畜生。 紙一重。

         

 d01.gif (3296 バイト) まさつ回避世代 A

    今日は終戦記念日。 テレビでの いろんな企画を観る。
    ところが昼間の各局は どこも「15歳少年の真実に迫る」と、
    昨日早朝の「大分6人殺傷」事件で逮捕された 15歳の
    少年をめぐる特集。 やや大げさな見出しのわりには どの
    番組も似たり寄ったりの 意外と短い内容。 相変わらずの
    妙に跳ね上がった声と、ドラマ仕立てでの再現シ−ンで、
    そのくせ コメンテイタ-と名乗る人は内容のない深刻ぶった
    おしゃべり。 (こういう番組って 本当に嫌いだ。)

     本気で、少年たちを取り巻いている我々の やるべきことを
    徹底的に議論し、考え、訴え、実践を呼びかけるような・…
    そんな番組があってもいいのじゃないかな、と思う。

          「摩擦回避世代」量産の原因の一つは、情報の海の中で
    取捨選択を迫られるストレスと、成績だけを基準に序列化する
    教育体制等の 社会のストレス という、心の滋養がない社会
    生活だ、とも。
     『平気でうそをつく人たち』(M・スコット・ペック著 森英明訳
    草思社)には 人間が長期のストレスにさらされ続けると こんな
    反応を起こすと書かれている。   @ 心理的成長が逆行し
    成熟性が放棄される。という〈退行〉と、A 自分の苦しみや
    尊厳に対して無感覚になっていけば 他人の苦しみや尊厳に
    対する感覚も 失ってしまう。という〈精神的まひ〉だと。

     とすると、最近話題の『少年』達は、現代社会が作り出した
    これらのストレスの犠牲者とも いえるのではないか。
    そして これらを生み出しているのは、単に家庭や学校や、
    はたまた社会や政治という一つの枠ではなく、この時代を
    作り、構成している あらゆるもの全てのものだと思う。

     今こそ、私達の一人一人が、「エセ自然体」のほどほどの
    人間関係と 自分も他人も誤魔化してしまう「回避癖」を払拭し、
    一対一から始める心からのコミュニケ-ションを、粘り強く繰り返して
    一見安定しているように思っている 自身の価値観をも見直す
    くらいの勇気で この労作業をしていってはどうだろう。

     戦争を引き起こしたのも、虐殺行為も、原爆使用も、
    このストレス社会を作ったのも、親子の殺し合いも・… みんな
    「人間の仕業」なら、「
地に倒れたものは 地に依って立つ。
    とのように、「人間」を「人」を「自分」を、見つめなおすことから
    始めてはどうだろうか。
       
    

     まさつ回避世代 @

       数年前に 若者世代の調査(博報堂)をした時の様子が
      ある雑誌に紹介してあり、どう進展したかが書かれていた。
      「摩擦回避世代」という捉え方をしている。
      その記事を読んでいくうちに 納得しつつ 少しぞっとした。

       この世代の特徴として挙げられているのは 決して若者の
      ことではなく 多くの私達の 昨今の行動の傾向そのものと
      感じられた。  
      4つの特徴があるという。
「自然体」「よいこ」「低温」「囲い込み」
      で「自然体」とは、ほどほどで何事にも無理はしない。人と対立
      しそうになると なるべくかかわらない。
      「よいこ」は、あかるく 素直。 「低温」は、人付き合いは淡白に。
      「囲い込み」とは、気の合う友人が少しいればいい。と いうもの。

       抵抗の低い 上手な距離感。 携帯電話やインタ−ネットで
      つかず離れずの関係を維持しようとする。
      自分の内面に踏み込まれるほど他人に近づかない。近寄らせない。
      でも、一人では寂しい。  その中間くらいを 浮遊していく。と、
       う〜ん、――――――で、原因は?という難しいことは さておき、
      自分なりに心がけたいことを 考えてみた。

       向上心を失わないこと。他人から「面白い・個性的な いい奴」と
      思われようとしない。 他人の苦しみ、尊厳に鈍感にならないこと。
       ……こういうことかな、でも よく考えてみると これらはどうやら
      自分の慢心、それに嫉妬心を どう解決するかにあるように思う。

       他人との間合いを、もっとつめていく。 愚直にやさしくしていく。

       働き盛りとはいえ、もう人生の半分以上は とっくに過ぎた。でも、
      こんな時期から 早々と まるで老人性痴呆の患者さんどうし同様に
      無為・無意味なコミュニケ-ションを やるのは情けない。

       「よいこ」で「自然体」ぽい「低温」の人間、そうは なりたくないものだ。
       

       

        1215m01.gif (2758 バイト) 料理

   2ヶ月くらい前から 毎週土曜日の夕食(おかず)は 私が作っている。
  「料理人・jeff」の誕生?である。  
  3冊の本を買ってきて それを金曜日の夜に見て廻り、献立を決める。
  先ず この教科書を選ぶのに 本屋さんに行って驚いた。
  本当に沢山の料理教科書が並んでいる。 男性向けのものも多い。

  そもそも…・どうして料理なんぞを始めたか?
  動機。 それがいまだに自分でもよく解らない。

   倒産の危機にあった下請会社に 毎日通いながら経営者の不甲斐なさに
  落胆と必死の改善策を考えていた頃でもあったが だから料理とは、、、。
  同年代の同僚が 近頃自分のウチの畑仕事に 突然情熱を燃やしている
  ことも聞いたのだが それが遠因かも、と思ったり。 だから料理とは、、、。
  「工作」は 子供の頃から好きだったようにも思うけれど 料理は ねェ。

   で、おいしい料理のコツは@食材AテクニックB道具の順だと書いてある。
  技術より材料が大事だと。 と、なると「美味しいものは高価になる」なのか。
  でもなくて、良い素材に「下ごしらえ」を 充分やることなんだと。

   まぁいい、今のところ子供たちにも評判は良いから。

   小学校の図工の時間のようで、とにかく楽しい。
  女房というか 全世界の奥さんに最敬礼したい。
  「献立を考える。」「立ちっぱなしで作業する。疲れる。」「片付ける。」を
  毎日、毎回やるんだから・…。

  いつまで続けられるのか見当すらつかない。  火傷も2度経験。
  でも、女房が ニッコリ笑い、愛娘達が 美味しいと言ってくれるうちは
  止めるわけにはいかないと、悲壮?な決意もしている。

   今年の父の日の 愛娘たちからのプレゼントは、エプロンだった。

 

 out3.gif (12273 バイト) 描く・書く・話す・・…覚悟   
 
     続続・【素敵なHP・素晴らしいチャット・・を思う】 

      何故か再び このテ−マになった。 ネットを一回りする度に 
     ふと感じてしまう事だからだろう。
      極めて個人的な感覚で 恐縮だが、未だに戸惑うのは
       @ 掲示板に毎日何人もから書きこまれる所謂「カキコ」に
         一つ一つ所謂「レス」する驚くばかりの体力。
       A その上、人生相談までやってのける驚嘆の人道主義。
       B 更には、決して相手を不愉快にさせない褒め言葉の連打。
       C 遂には、母・姉・師匠と慕われていくカリスマの局さま。
      が、数少ないとはいえ万を越えるアクセスカウンタ−を 引っさげ
      存在することである。
       余計なことだが「カキコ」「レス」という言い方は ちょっと苦手。
      苦手をもう一つ、(笑)とか(爆)という使い方。 最初は(笑)は、
      「微笑か、嘲笑か、」と 悩んだものだ。

       最初の話題に戻るが かって、こんなペ−ジはどうかと…と言ったら
      「ご本人同士が楽しんでいるのだから、いいじゃないですか。」
      本人が一番居心地の良いのがネットなんだから、放っておくべきで
      それが嫌だとかどうとかは余計なことよ、と言われてしまった。
      正しい。正論です。
       これらについては、論じたりしません。好き嫌いの問題ですから。
      僕は嫌いなんです。 なにか“バ−チャル=偽善”になってるようで。 
     
          
これから書こうとしている事は 実は前にも書いたが、俵万智さんの
     「言葉の虫めがね」(角川書店・1400円)に書かれていることで、
     全く同感、というところが多くある。
      で、彼女は『面と向かって』と題して 凡そこんな風にパソコンでの
     コミュニケ−ションを評価している。(この本の28ペ-ジ以降)
       @ 使い方次第で 他の通信手段よりも 人間臭い 深いものが
         可能だ。外面より先に内面からの 付き合いも可能だ。
       A 顔文字など 身振りや表情を補う有効な手もなかなかいい。
       B なによりも 書き言葉と話し言葉が 近づいて来ているのがいい。
       C 書き言葉としての日本語が より大衆的になってきた。
          文字離れといわれる時代の流れを 巻き返すかもしれぬ。
       D もしや、日本が世界に発信する新しい文化になるかも。
     等々を 最後に「あとは個人の良識に任されている。」とし、これを機会に
     「普通の人が普通に使う書き言葉としての日本語の、足腰が鍛えられなくては」
     と 結ばれている。

      勿論、ひとつひとつを こんな意向で 書き込んでいく事もないし
     そうしている人もいないに違いない。
     但し、知らず知らずのうちに 僕等には 書くこと、理解を期待すること、
     正しく読み取ろうとすること等が 身についていくのだろうと思う。

      どうせ、付き合う、コミュニケ-ションするのであれば、機械的なお決まりの
     美辞麗句を並べるのは 愚かではないか。
      見ず知らずの他人に どこまで 深まりのある会話が出来るのか、
     その必要はあるのか。ということも言える。が、
      しかし、「所詮はパソコン」と 言ってしまうのは もっと悲しい。

       キイを打ちながら 「バ-チャルよ、この世界。」と 淡々と あるいは、
      ニンマリしている人が、今 この画面の向こうにいるとしたら・…僕は


                   
 

GSI001.jpg (8325 バイト)  ネット癒しブ−ムの底に流れるもの
 
続・素敵なHP・素晴らしいチャット・・を思う】 

   「癒し」ブ−ムと言われている。前回も書いたけれど ホ−ムペ−ジや
  掲示板などにも この傾向があって、そういった内容の処は人気がある。
  僕のペ−ジにもそれらを念頭に覗かれる方もいるようだ。
   結論から言うと、僕は危険だと思うし この風潮は好きじゃない。
  「限りない現状肯定」の“本人が気持ちよければいいじゃない。”
  “今のままの自分でいい、弱いままでいいじゃない。”ということは、
  「このままじゃいけない。」と内心焦っていた人には 心地よいだろうし、
  「しかたがない。」と諦め 安心できる訳で、都合のいいことになる。
  それで 癒されるということだったら、現実と折り合いをつけるだけであって、
  何の解決も前進もありはしない。
   ネットの掲示板などでのやりとりにも よく見かけられるのであるが、
  「無理をしないで、弱いまま包み込んでしまえば それでいいじゃない。」
  「そうですね。世の中や近隣がどうであれ、自分がいいと思えば、ね。」と
  いったものである。
   「そんなに肩肘張らずに。とんがってもしょうがないのよ。放って置こう。」
  という心が根底にあって、「もう1歩 踏み出したいが…。」とか、「果たして
  このままでいいのだろうか。」という人達を否定してしまっている。
   明日への活力や、今日の喧騒からのリフレッシュの為の「癒し」ではなく、
  
現状肯定、向上・挑戦否定が 昨今の癒しブ-ムにあるように思える。

   でも、果たしてそれでいいのだろうか。
   
「もう1歩踏み出したい…。」という人が少なくなり、「自分の殻に閉じこもる人」
  が増えていったときの社会は どうなってしまうのだろう。  
  生命力の弱くなった社会は 決して皆が望んでいたようなものにはならない。
  「弱いままでいいじゃない。」という「限りなく現状肯定」の“癒し”ブ−ムは
  一見優しそうで心地よいが、「どうせ…仕方がない。」という「諦め」が
  支配する活力のない将来を作ってしまう危険があると思えてしまう。

   もう既に相当頑張っている人に「頑張って」と言うのは やめよう。という
  意見も多い。  ネットの掲示板でもよく見かける意見だ。  が、あえて
  「それでも、もう1歩踏み出せ。 負けじ魂だ。」と 言ってやるべきでは
  ないだろうか。
   心優しそうで 大人っぽく 人生の先輩ヅラして「癒しの言葉」を
  掛けることよりも、「もう1歩踏み出せ。挑戦しよう。」と言い続けたいものだ。

     
 005466.gif (2612 バイト)  問答  (掲示板への書きこみから)
                  投稿日 2000531()

先日は的確なご意見、感謝しています。(いつもこのパタ−ンで恐縮)
>言葉は使わないと育たない。
>拳よりも、盾よりも、優しくて強いものなんですよね、言葉って。
―――全く同感です。それだけに大事に、大切にしたい。
丸山正男「日本思想史における問答体の系譜」に
“日本には中世以来 優れた問答の伝統があったが 
立場や思想を異にする人たちと 敵対するのではなく
豊かな対話を展開する・問答――を近代以降のある時点で亡くした。”
という意味のことがあります。(この中では宗教問答を指してますが)
 で、今の世相「引きこもりや いじめ」は この「豊かな対話」が
出来ない、対話の能力に欠ける人が多いということなんでしょうか。
 
 ネットでのやり取りについてもその功罪が指摘されたりもします。
僕も 一時はそう考えました。そういう人もいましたし。
でも、言葉をこんなにいっぱい使って対話する限り 声や表情が
見えない分もカバ−してしまうかもしれないなって。
 言葉は本当に凄い、大切だ。 だから、ネットであっても
息遣いを感じるくらいの言葉の やり取り、豊かにやりたいですね。

 今日はちょっと、早く帰ってきました。
いわゆる“帰国子女”と呼ばれる我が三愛娘の長女が もう就職戦線
真っ只中で・… 苦労しています。英語力なんて武器にならないようで。
でも、いろんな肌の色の人たちと懸命に 対話し、過ごしたことは
いつかきっと 生きていく上で花開くと信じて見守っています。
                                     
         
雅世さんの掲示板に    

ia04.gif (1431 バイト)  ナンセンス* い・・…

      緑・  僕の職場は2階にあって そこからは周辺の
         田畑が見渡せる。 窓際族に近づいた?せいで
         席から立つと 窓越しに季節の移り変わりが いやでも
         目に飛び込んでくる場所だ。   茶色かった田んぼに
         水が敷かれ 空を映す。 でも これが青色にはならない。
         明るい灰色になる。この水面がキラキラひかる。灰色のまま。
          昨日から 田植えが始まった。    今度は 薄い緑色が
         一面を覆う。         だからといって何か思うでもなく 
         今日も過ぎていく。  梅雨入りはまだらしい。

      白・    「言葉」で 思い出したけれど、僕の使った言葉で 
         ちょっと 反省すべきものがあった。  一つは公の場所では
         普段は使わないもの。(実はこのエッセイのペ−ジで登場)
         会社の中での 議論のときには時々使っているので そのまま
         文章でも使った。  やはりまずいようだ。(訂正はしないが。)
          もう一つは 友人Yさんの掲示板でのやりとりで「**は 米国
         では 禁句」と書いたら 即「ここは 米国ではありませんよ。」と
         書き込まれた。  どちらも 信頼できる人たちからの反応であり
         冷や汗と感謝の思いではあったが 時折こういう指摘が
         あってもいいと思う。   気がつかぬうちに 己の浅はかさを
         公表していることも多い。 最近 季節がら よく目にしたのは
         「とっても素敵な五月晴れの…・」という 書き込みだった。
         確か「五月晴れ」というのは 5月の晴れた日を云うのではなく
         秋空のことを言うのが本来の用い方だったはず。
          こういう事も含めて 言葉は大事にしておかなければと
         痛感した。  自分の浅薄さを晒すならまだいいが 読む人に
         不快感を与えたり 人柄までも嫌がられては 哀しすぎる。        
         

      青・  この季節になると 車載のCDチェンジャ-のデイスクを 入替える。
         ナイアガラ・サウンドは必需品。 大瀧詠一の「恋するカレン」に
          ♪振られた僕より 哀しい   そうさ哀しい女だね 君は ♪
         というフレ−ズがある。  ず-ぅっと気になっていたので 今日
         歌詞をよく見てみた。 お気に入りのメロデイだけど 歌詞が今一つ
         解らなかったのだが 「哀しい女」の意味が少し解った気がする。
             ♪ 振られた僕より哀しい そうさ哀しい女だね 君は〜 

                紺・  ネット仲間にして戴いてるYさんのHPで「オフコ−ス」について
         皆が思い思いの文章を寄せる企画があり 投稿させてもらった。
         素晴らしいグル-プだったし 小田和正さんは 今も売れっ子だ。
          でも いざ何かを書くとなると 「作文」してしまう。 それも
         直球ではなくて ちょっと曲げてみようと考える。 スタンスを決め
         雰囲気を想定したら 一気に書く。   で 意外と 本音が出る。
          自ら想定した環境に 自分を置けば その中で「作文」できる。
         かって 佐野元春が「夏の曲だって 冬のコタツの中でつくる。」
         といった通り 自分の心の中に環境を設定すれば それに沿って
         描けると思う。   少年の恋も 不倫の情も 描けなくはない。
          一番描ききれないのが 本物の自分自身なのかもしれない。
                ―――なんて 又 高慢ぶってないかい。俺。

      赤・  かってネットの先輩で いろいろアドバイスしていただいた女性が
         こんな話しをしてくれたことがある。
         「チャットや掲示板で 人が集まるのは必ず女性のペ−ジ。
          書きこむのは大半が男性。 その男性たちは いつのまにか
         “自分と家主の女性とは 他の誰とよりも 意思が通い合っている”って
         思い始める。いや そうしたくなる。 だって 女性はひたすら優しい
          から レスも語り口も 丁寧だし。   そのうち 男性は 特別扱い
         されたくなる。呼び合い方 話題 などで他の客との 差を示したいと。
         こうなってくると もちろん女性も その他の人も 迷惑になる。」
         「jeffさん お気を付けなさいよ。   ああ それに それを期待してる
         女性も いる こともね。 女性だって気分よくなるし。」って。
         ――― 心したい。 但し 幸か不幸か 僕の女性仲間は皆 才女で
         優しいけれど 芯の強いマイペ−ス淑女のがんばりやさん。
         女王サマ気取りのチャラチャラ・マダムはいない。  
         
  
 cocktail05.gif (1649 バイト)人は「人生を楽しむ為に」生まれてきた

    僕の持論というか信じている考えの一つで、この「楽しむ為に」と
  いうことについて かって反論や異議を寄せられたことがあります。
  “とてもそんな浮世めいたことなど考えられない日々です。”という
  ネットで知り合った方達からのものでした。“なにを格好つけて”とも
  言われました。     
     
特に女性からのものが多かったせいもあり、“ネットをやってる女性こそ
 
 ちょっと変わってる人たちではないか”とまで思った時期もありました。 
   
毎日苦痛を感じてPCに向かうことなど 僕には信じられないことでしたから。
 
 癒し合うためにネットを――など どうしても本気で受け入れられない
   
ものでしたから。
   僕は決して「人生は楽しい」と言い張ろうとはしていません。
  苦労、苦痛、苦難、苦悩の連続かもしれない。 
   
他人には解らぬ人知れぬ辛苦の日々かもしれない。
   
癒しの場所を探すことだけが生きている証のように思う毎日かもしれない。
  そういう人も少なくないのでしょう。                     
  
 それでもそれでも、そうであったとしても――
   
人は「人生を楽しむ為に」生まれてきた――と 考えたい信じたい、
   
そう捉えるものだと思うのです。
   日々の苦悩を見下ろしていける、目の前の辛苦に真摯に向かい
  合いながら受け入れ、時には闘ったり 愉快に笑い飛ばせたらと。
  強いて ノ−天気、鷹揚、怠慢になろうというのではありません。 
   あえて、自ら挑んでいくぐらいの気持ちで 又、健康的な楽観主義で
  「最後には
必ずハッピイエンドになるドラマの主役、を演じてる」つもりで
  毎日を送れればいいのだろうと思うのです。
   励まし合う 癒し合う 慰め合うことも大切で、必要なことでしょう。
  と同時に、いや その前に もっと能動的に楽観的に そして挑戦的に
  この苦痛を捉え乗り越えられれば、そうしなければと思うからこそ
  『楽しむ為に生まれてきた』と信じているのです。
   最期の瞬間に「ああ、いい生涯だった。楽しんだ。」と言うだけでもいい。
  それこそ“ネット・サ-ファ-”らしく 日々の苦境を笑顔でサ−フィンしたい。
   思いどうりにいかぬのも人生なら、自分が主役のドラマを創るくらいの
  知的で健全な楽観主義で「ようし!」と乗り越えていきたい。 
   人は「人生を楽しむ為に」生まれてきた―――のだから。

       闇が深ければ深いほど暁は近い…という  2000.May
   

   

colorful44.gif (15078 バイト)

2000
/5月連休

  鈍感になった?この期間中にふと思ったことが数点。
 
ちょっと挙げてみる。箇条書きになりそうで…集中力も失せたようで。

@ 若い人、少年の凶悪犯罪が続いた。テレビでも何度も報道されたが
  その背景、動機、分析が語られていく。 ちょっと不愉快なのは
  ドキュメント風にまとめられた「真相を追う」「問題提起する」という類の
  映像と そこでの
ナレ−タ−や現場アナの【しゃべり】方 である。
   勿論 人それぞれで、あの“おどろおどろした、誇張された、過剰な
  深刻口調”が気に入っている人もいるに違いない。 
   
でも、私は ほとんど生理的に「嫌」である。  
   
若い女性アナが声を低くして まるで紙芝居のクライマックスか、
   
お化け屋敷の入り口で子供に 語りかけるオジサンよろしく 
   
押し殺した声で抑揚つけて喋るのは嫌いだ。
   もっと、淡々と普段の表情の声で その「沈痛」さを表せればいい。
   こういう映像のときには、「このナレ−タ−、アナは どんな顔で
  喋ってるんだろう。この原稿と声、口調は誰かが指示したのだろうか。」と
  思ってしまう。 
   バラエテ
でも芸能ゴシップでもない「痛ましい社会事件」の
   
【しゃべり】方は もっと淡々と 粛々と話したほうがいい。 
  そして コメンテイタ−こそ 評論家ぶらずに、もっと感情豊かになっても
  いいんじゃないだろうか。 
    
それに共鳴するか否かは 視聴者が決める。 

A 愛娘の末っ子が
「部活」で 毎日早朝から夜まで帰らない。
  なんでも「目指せ県大会ベスト4」ということらしい。帰宅後は疲れて
   
寝てしまう。
   子供の成長を楽しみにしている「父親」と、そんな子供との時間を
   
失いそうで いらつく「父親」の両面を抱えている「私」とはいえ 
  この「部活」も工夫すべきかと。
   だいたい「親子の時間を増やそう」と言ってる世相に逆行している。
  それに本人もオリンピックを目指そうなんて思っていない。「部活」なのだ。
  監督役の教諭にも依るようだが、以前こんな話しも聴いた。「どこの高校
  でも 野球の監督は素人も含め ほとんどが“めざせ甲子園”と言う。」
   それ自体を否定はしないし、すばらしい事とも思う。
  でも中学校の「部活」は ちょっと違うのではないか。 
  単純に「スポ−ツを やってみよう」というだけの子もいるはずだし・・…。
  まぁ、親がとやかく云うことでもないのだが。

B いろんなところで、いろんな新しいお店にいった。 レストランにも。
  チェ−ン店で働く 若い人たちの教育された挨拶、話し方、動作に 
  清々しさを 感じたこともあった。 気持ちのいい食事になった。
  一方、小さな蕎麦屋さんで 無愛想なオバさんに出くわした。
  こちらの顔を見て話さない。 無表情。 
  働くからには“プロ”であるはずなのに。
   もうひとつ。 出張のときに何度かいったお店に入った。 いつもなら
  丁寧な印象のあった店員さんが いつもとちょっと違う。
  「なにになさいますか。」が、「なんにします」と。  あれあれ、
  俺が悪いのか、と・・… 多分、いつもはネクタイ姿。
  この日は 綿パンとポロシャツ、ちょっと無精髭。 こちらの
外見 が違う。
    
人の心は対境によって変わるとはいえ 外見でその対応が違ってくるのは
  どうか。
  自分は果たしてどうだろうか。 
  落胆と同時に 反省をする一日になった。
   

     連休になると ドラッグストアのレジに並ぶ男性が多い。のでは。
    私も 掃除用のいろんな洗剤類を 買ってくる。「年末に買ったのと
    同じですよ。まだ残ってるのに…。」と 女房に言われてしまう。
    で、めずらしく掃除を始めるのだが 一時間もしないうちに 手にした
    洗剤スプレ−が 缶ビ−ルに変わる。
     ところで、自らお店に出掛けていくのだが どうしてもそれを持って
    レジに並びたくないものが 数点ある。 トイレットペ−パ−、芳香剤
    などで その理由は当人にも解らない。  見栄、威厳のせいなのか。
>
    
     

 

19.gif (13109 バイト)

歌詞の 詩情

 歌といっても、リズム感やメロデイ、歌い手の声質と音調
などなど いろんな要素が一つになって 自分にとって
「好い歌」「素敵」とかを感じる。 歌える歌、聴く歌なども
自分自身で自然に出来てくる。   
 こんな中で、その歌詞に 唸り声を上げるようなこともある。
かって中島みゆきの歌に それを感じたことがあった。
<
悪女になるなら 月夜はおよしよ 素直になりすぎる・…
 悪女になるなら 素足で夜明けの電車で泣いてから…>
<
作り笑いが上手くなりました ル−ジュひくたびにわかります>
<
ガラスなら 貴方の手の中で壊れたい  ナイフなら 貴方を
 傷つけながら折れてしまいたい> こんな言葉は僕には出てこない。
このHPの第1集で、季節ごとの恋の歌をスピッツでイメ−ジした。
<
“愛してる”の響きだけで強くなれる気がしたよ>
<
優しいふりだっていいから 子供の目で僕を困らせて>
出てきそうで でも、きっとこんな言葉で 表現できないと思う。
 
 もちろんプロとアマチュアの差であって…と言ってしまえば、そう。
最初に挙げた「悪女」。狂わんばかりの少女の恋が 大人の女の
失恋に変わる時 止まらぬ涙は悪女の姿になろうとするが 捨てきれぬ
恋慕のいのちは“素足で夜明けの電車・…”で流してしまうしかない。と、
情景と憧憬の世界を「悪女」で 描き出している。 そんな気がした。
 こんな詩は やっぱり僕には 書けない。
言葉のテクニックでも 美辞麗句的な かっこよさの羅列でもない。
極めて自然な、瞬間の感受性が こういう表現を可能にするんだろうか。
「言葉、詩、歌… は もともと大海原にある。 それに何かの拍子に
ぶつかる、出会うというよなもの」と彼女は言う。  そうであれば
僕も早く出会いたい。でもこんなに大きな海原、いったいどこにあるのか。
それは「いのち」のことかもしれない、と思ったりしている。
 豊かに膨らんだ・いのち からは日常の情景や憧憬を見事に
言葉や短い文章として発せられる。
自らを鼓舞したり 読む人の心を震わせられるのは、計算された表現ではなく
その人の いのち の広がり優しさ柔らかさからなのだろう。
 自分を飾るのではなく、自身を磨きつづけていく「詩・詞」になれば
と、思う。

  

9.gif (7078 バイト)

 歓喜・感動なくして…
        
 「詩心」というのは、頭の中で言葉を操作し、細部にこだわり
様々な技巧を凝らして作り上げようと右往左往しているものでない。
“初めに感動ありき”で、何ものかに突き動かされるような
黙しがたい止むにやまれぬ流露といえる。
 「詩」というものは、頭であれこれ考えて 言葉を追いかけていく
べきものではなく、涌き出る詩想が 
詩人を追いかけるのだ。
 私は 頭脳で書く詩を乗り越えようと格闘している。

     ――――――――――― 詩人 ホセ・マルテイ
   
  「あれあれ、ちょっと、いただけないな。」って思う詩であっても、
  「素敵な詩ですね。」って返事を書いたことありませんか。 
  自分の信念よりも自分の感性よりも、お付き合いを優先させたことって
  ないですか。
  相手を守っているようで 自分を守ってること・…ですよね。
  ネット上のお互いの作品への、やり取りのいやらしさ、欠点…は 
  これだと思う。
    
ちょっと 生意気なこと 言うようになったのかな。     
                                2000.3

 

11.gif (11493 バイト)
それが恋人であっても
いや夫婦でさえも
言葉」がそのとおり伝わることは
難しい
その上に男だからなのか
もう若くないからなのか
仕事に疲れたからなのか
時間を持て余して
覗いてみる他人の掲示板の
特に若い女性たちのそれ
そこで繰り広げられている
感激・感謝・友情・讃嘆賛美・感涙といった
これらの言葉達が飛び交う中へは
入り込めそうにない
ならいっそのこと電話で話せばいいのにと
嫌味な思いがよぎってしまう
いやいやそれは
毎夜の如く相互に讃嘆しあえる友を持つものへの
嫉妬と羨望とそこからの孤独感かも知れぬ
井戸端会議のしきり屋にも
純情哀素人作家ぶった者達のたらし屋にもなれず
もちろん歯の浮く言葉を文字にも出来ず
中毒気味に何人ものBBSに毎夜書き込もうとする己がいる
返事を期待しているはずが
思いもよらぬ反応だったりすると
またそこでも「言葉」は心を伝え切れないと嘆く
地位も肩書きも学歴も貧富も越えたところにしか
「情」は生まれないと信じたところで
人はどこかでそれらを誇ってみせたがる
群れるほうが安易だと媚びることすら自覚し
わが身の薄っぺらさをも自覚しつつ
所詮本人だけしか
その「言葉」を理解できないことも解った上で
それでも習慣的にキイを打つのは何の為なのか
ほんものの人間の臭いや息づかいや眼の動きを
この肌で感じられる世界にもっと居るべきではないのか
家族に声をかけドラマに涙し本の香りを嗅ぎ
愛する両親に手紙を書くそんなことにもっともっと
時間を費やすほうが大切だろうはずなのに
繰り返す自問自答は最後の答えをしないまま
時の流れの早いことを恨みながら
自分をJeffと呼ぶことを軽蔑すらしてしまう
今夜の自分は
異常なのか正常なのか
 
誇張と欺瞞を織り交ぜて今やっと書き終わる
109.jpg (10007 バイト) 君等は 美しいのだゾ0227()
 芭蕉?―――――
俳句を極めていく末に、その心境は
「見る処 花にあらずといふ事なし、
  思ふ処 月にあらずといふ事なし」であったという。
一つ一つに慈愛の眼差しを向け、言葉に置き換えていくと
こんなにも美しい世界は、眼前に、心にあるではないか。と、、、
ほら、何を見ても花に見える。何を想っても月と輝いている。
 心が死んでいれば、花すら単なる小固体、風も空気の移動、
輝く宝石に気づかず通り過ぎる…そんな人生さ。って言ってるらしい。
 美しいものを たくさん見つけながら 今日のドラマは二度とない、と
思いながら生きること。こんなに豊かな生き方はない。
 
「詩のある」生活ほど豊かなものはない。と、いえまいか。
 
・…で、ホイットマン。《美しい女たち》
   
    女たちは 坐ったり、
   あちこち動いたりする。
   年とった女もあれば、若い女もある。
   若い女たちは美しい――――
   けれど年とった女たちは、
   若い女たちよりいっそう美しい。
 
ですって・…。きっと、多くの花を見、月を感じたからでしょうね。
「詩」を書き、「絵」を描き、今日という一日の風や 花や星を見て
心揺らせ、「ああ、ともかく美しい。」と言う。
 こんな幸せものなんだよ、僕らは。(もしかすると)

ime12.gif (3039 バイト)風邪気味で 外に出たくないせいもあって 読書の日――となった。
例によって 2冊をかわるがわるに読んでいく。
 「
埋もれ火」  「白夜行」である。  どちらも なかなか良い。
短編叙情小説とミステリ−だから 並行して読めるのかも。
先日は「
草原の椅子」「沈まぬ太陽」を読んだが ちょっと辛かった。
読みやすいのだが、さすが大作だ。
 
    書いていく事の 何倍もの読書をしていかねば と想う 
 

o6439.gif (2481 バイト)何度も云うようですが 僕は若い人が好きです。
職場でも 近隣のサ−クルでも・・・。

HPなどを観ていると 「ああ、こういうの もう俺には書けん。」って、
嫉妬するような詩に出遭うこともあります。
一方、ちょっと残念なものにも出会います。
そういうのは決まって、若い心の「ドキッ」と するものがないのです。
何処かで聴いたような人生論は感心しても 感動はしない。
空虚な恋の詩は当人のマスタ-ベ-ションでしかない。のも多い。

僕らの何倍もの浪漫を語れる筈、その資格もある 若い人達には
折々の 瞬間瞬間の はちきれる 時には尖った生命を
ありのままに描いて欲しい。

僕は若い人が好きです。

 

  momiji1.gif (1761 バイト) -----いろんな想い が 溢れ、
      いろんな言葉が溢れ出したら・・・・と、いう人が多い。  
   僕はどうも そういうようにはならない。
  想いはあれど、言葉はなし。ということが 多いし、
  言葉が先行することもある。
   いのちの 素直なありのままを 文字にする事も、
  脚色しながら作り上げる事も その どちらも必要で、
  それを眺める自分自身にも 戸惑う。   
1999.10 詩を描くとき

 

   irukamini.gif (570 バイト) 僕の書きこみから――― 掲示板のこと

大切な このペ−ジ         投稿者:jeff 投稿日:99/10/26(Tue) 22:40
 文字だけで、それもオ−ナ−と一対一でやり取りするのは
意外と難しいものです。 メ−ルやチャットなどでも
必ずしも全ての人が、上手に、心地よく活用している訳
でもないようです。  
 レスを書くのも時には躊躇したり嫌われたり論争を避けるために
八方美人になりがちです。
 で、僕はこのペ−ジを ちらっと立ち寄った方々が
思い想いの詩や 感想や印象を 書き残していく サロン風の
「暖炉を囲んだ一息入れる小部屋」にしたいと思ってスタ−トしました。

あくまでもオ−ナ−は僕ですから 不適切なものは僕が削除しますし、
寄せられた詩やショ−トに その都度コメントを書く事もしません。
その方が 気がねなく そしてきっと、素敵な言葉や歌声が記録される
と、思ったからです。 意見の交換を本格的にやるならメ−ルや
チャットが適しています。このペ−ジは「きたぞォ、一言残すよ。」と
いうもので充分だと思います。僕と誰かの為じゃなく、皆んなの為に
大切にしたいのです。 

 

 

俵 万智「言葉の虫めがね」―――を書店で見つけた。

 その「あとがき」の中で、次のように述べていらっしゃる。――――

** たとえば「万葉集」をひもとけば、千年以上前の言葉が
  そこにはある。 その頃生きていた人間はもう誰もいないし
  風景もすっかり変わってしまっただろうけれど、言葉は
  そのまんまの姿だ。 私が歌を口ずさめば、千年の時空を超えて
  鮮度を落とすことなく言葉は蘇る。

    言葉は 永遠なのだ。
 けれどたとえば、今日私が恋人に言った「好き」という言葉は
他の人が使う「好き」とは違うものだし、私がこれまでに言った
どの「好き」とも まったく同じということはない。 今日の
この状況で、この二人の間で成立している「好き」はたった一度
きりのもの。
    言葉は 一瞬のものでもある。 ******

  実感として、どうこの一文を読むのかは ひと それぞれ…・。
  ただ、だから、大事に 丁寧に ありのままに 書き綴りたい。

 

     air.gif (1949 バイト)

 「課長 島耕作」の作者・弘兼憲史はいう。(日経ビジネス)
団塊の世代、たとえば50歳と言うのは、仕事というつっかい棒をはずされて、
自分の新しい生き方を 模索する時期なんです。
 日本のため、会社のため、家族の為、家のロ−ンの為に生きるのはもうやめよう。
もう少し 自分の為に わがままに生きよう。  たまには家族に行き先を言わずに
旅に出るのもいい。「どこに泊まろうと、うるせえ、おまえの知ったことじゃねえ。」と
と言う気持ちで 田舎の農道を一人歩いて、あぜ道で大の字になって、入道雲を
眺めてみる。
 これからの人生を どう生きるべきか、違った発想が沸いてくるかもしれない。
・・・・と。   又、恋をしよう、異性との食事もいい、映画もいい。 いつも若い。

・・・・・・・・ その年代になった。
 いつか、あぜ道で 大の字に寝転がってみなければ。

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僕が 「いのち」って言う時は・・・
  
   ***** あまり理屈は好みませんが *****

  ありのままの姿に近づけると、
 きっと 持って生まれたもの 生まれながらのものになる。
 でも 本当は まだその奥に 奥底に 
  一切を突き動かすものがある
    ・・・・・のではないか。

  そんな気持や気分を 言葉にする、詩や歌にする。
   ・・・・・ そんな気持などが もっと深まれば 想いとか 情とかになる。

  で、言葉もそれとともに、あるいは それらを超えようとする。
 もっと もっと 想い、情を ありのままに
 そこには 苦しみや、嫉妬、悲しみ、怒り、欺き・・・とともに
  歓びや、充足、穏やか、慈しみ、極める、愛しさ・・・などもある。
  こららのものが、瞬間瞬間 僕らを突き動かしていく。

これを・・・・いのち と、いうのじゃないか。 

 だから、同じ人であっても 
鬼のようなときもある、心豊かなときもある。
 殺人者だって、 我が子のことを思い出して 泣くという。

 いつも、どういう時にでも 同じように振舞えるか…、
 同じいのちで居る事のほうが 不自然ではあるまいか。
 だから、そのどちらかが 本当か とか 違うとかは いえない。
  
  どちらも、本物の ありのままの 本人だろうから・・・・。
で、僕らは 生涯 出来うれば 愛しい、慈しみ溢れる いのちを
 ず-っと 出していられればいい。
 でも そうは出来ない 想いどおりいかないのが常。
――――― “いのち を 磨く”と いう言葉もあるくらいだから。

 ただ、これへの挑戦、極めることへの作業のひとつとして 
もしかすると 歌を謳い 詩を描くのかもしれない。  大文豪は大哲学者の所以。
 ときには 素敵な人との 交流や研鑚も、そうかも。   
  また そこへの挑戦を 続けるこを
            人生 と 呼ぶのでは・・・。

「詩心」って だから 大切にしたい。

 言葉や文字は 時には 武器になる。
 でも それが いのちから 涌き出たものなら 受け入れたい。

  それに勝とうとか、言い負けないようにしようとか、思ったら
 そのときは いのちではなく 技術でのレベルになる。
    ・・・・・・・ こんなつまらない事はない。

             (掲示板での 意見に応えて)

眼に見える 外から見えるものは
どうにでもなる  化粧も出来れば  善し悪しもわかる
手を抜けば   すぐ 分かる

眼に見えぬもの  内側にあるもの   これが大事
手を抜きやすい  手を抜いても すぐ 分からない
やがて 眼に見えるところで抜いたか どうかが
見えてくる

眼に見えぬもの
内側にあるもの
これを
いのち と いう

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cell04.gif (227 バイト) 体験的私論【素敵なHP・素晴らしいチャット・・を思うA

 メ−ルアドレスや掲示板を公開・開設して約5ヶ月。 いろんな事に出会いました。
先ず、どうも私の詩は「恋モノ」が多い(何処かで書きましたが、素人・初級の詩は
どうしてもこれしか書けない。)ので、時として勘違いの面もあります。
 
 大不倫劇が現在も進行中であったり、年齢も随分若く思われたり、本人以上の
評価や 時には大胆、淫らな人となったり・・・・で、これらはどれも正しいけれど、
一方、どれも私の全てでない、といえます。
 こういうふうにして、私達も誰かを
見ているのでしょうか。  今の言葉で言う「不倫」もしたかもしれない、子供のような
詩を描いてもいるでしょう。  そんなにロマンチストでなく、異性受けを狙ったオヤジ
そのものかもしれません。それらは皆、自分であって、そのうちの一つだけが自分とは
ならないのでしょう。     出来れば 時間をかけて、ゆっくりペ−ジをめくって
もらえればな、と思います。  掲示板でのお話や、チャットも そういうことの後で
始まれば もっと、楽しくなるようにも思えます。   気に入ったペ−ジをゆっくり
拝見させてもらい、自分の感性の琴線に触れたとき、「素敵ですね。」っていう
メッセ−ジを初めて送れればいいな、
って思っています。
 
又、「よく本音で書かれて・・・。」と言われます。それは解りません。 ただし、感性なのです。
 時々、あまり読んでいただいてないようなのに、「いきなりですが、相互リンクを」って
いらっしゃる方がいます。これは止めたい。   私もこういうことで 厳しく叱責を
受けた経験があります。 作風も、思想も、そして何より感性みたいな部分で「あっ」と
思える人でこそ 「リンク」の許諾も出来、さらに やりとりを進めて行けるのでしょうね。
 


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子供にとって「最高の教育環境」は 両親、とりわけ母親だという。

有名な最高学府の教育機関でも 特別の施設やプログラムではない。
 
母親の懸命で、楽天的で、慈愛溢れる姿こそ 

なにものにも代え難い『教育環境』だと。


                一息いれますか。 Ani_030.gif (9235 バイト) 

cell04.gif (227 バイト) 体験的私論【素敵なHP・素晴らしいチャット・・を思う@
07/26/99 掲示板から

 私のホ−ムペ−ジは もともと「詩」や「散文」それに 写真か絵を
入れるようにして ともかく自己満足でもいいから「自分の記録」に
してみよう と始めたものです。
 だから それによる世界の広がりのようなものは 考えも期待も
していませんでした。
 又、それらを勉強して いろいろ工夫や趣向を凝らそうなどとは
思いもしておりませんでした。  (今は、すっかり変わっていますが??)

 ところが、HPを公開しているうちに 他にもホントに多くの人が
私と同じような「詩やエッセイ」を作ってHPにしているし、それらを
互いに誉めあったり 感想を述べ合ったりしていることを 知りました。

 ただし、そういう手段としてあるんだと思っていた「掲示板」や「BBS
などが 中身のない(勿論、私的な感想です)相手方への詮索やら
特に男女の猥雑な話し等が 冗談の範疇を超え 繰り広げられていることに
スゴイ不快感と 驚きを感じもしました。

 日常生活の中では 決して云えない 云わないことを ここに来ると
いとも簡単に喋ってしまう と いうことの様に見えたのです。
 それでいいじゃない、という人も多いことは知っています。が、これは
不健康です。 だったら、それらを「文」に「言葉」に「歌」にすればいい。
何の技術も気にせずに 思いの全てを 書き綴ればいい、と 思うのです。
それを 見ず知らず(だからいい と いう人も多い?)の男女が 自分の
子供や伴侶には見せられないと思えるような 卑猥なコトバで やり取りしている。

 これには うんざりです。  そんなことにHPなどを開設して 何も書かず
ただ「冗談」のやりとりに 費やしていることは 周囲から見れば不快感が
募るばかりです。 再び、余計なお世話・・・。ですが。

 同じ趣味なら それについての談義をすればいい。  愛情を育むんだったら
そう 相手に告白すればいい。  家族の悪口や夫婦の営みを延々と話す人に
又、それを聞こうとする人に  HPなど 不要なはずだ と 思うのです・・・。

 幸いにも私の場合は 純粋に「詩」についての 意見を寄せて頂ける人や
私の片想いかもしれないが 意気投合していろんな話題を話す中で 好意を
抱いてる人 それにぜひ いつまでも励ましていこうと念じている若い人など
少ない人数かもしれませんが 貴重な友人が周囲におります。

 毎日でなくともいい それでもじっと みまもりあえる友人 こそが 本来の
HP
仲間ではないのでしょうか。  それを期待して この世界にやって来た
はず でしょうから・・・。

 勿論、言論・表現は自由。  余計なお世話でもあるでしょう。
私も 思ったことを書いているわけですから・・・・。

 仲間と支えあって 素敵な素晴らしいペ−ジを 作ろうではありませんか。

 
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  サムエル・ウルマンの 詩 『青春』 (青春は、心の若さである)を 書き写したい。

    青春とは 人生のある期間ではなく、

    心の 持ちかたを言う。

    薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、

    たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。


    青春とは 人生の深い泉の清新さをいう。

    青春とは 臆病さを退ける勇気、

    安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。


    ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。

    年を重ねただけで人は老いない。

    理想を失うとき初めて老いる。   

 

「人は 生きてきたようにしか 死なない」草柳大蔵の 新刊書名だ。
      若い頃の人生論やら青春論では この草柳大蔵と 亀井勝一郎が 記憶にある。
      印象的だったのは この氏の「
真に 可愛い女性とは」論で その中で2つの
      話をしていたのを 覚えている。
       1.  好きな男性を 手作りの夕食で迎えようと 一生懸命慣れぬ料理に挑戦し
         もう少しだという頃に 部屋の片付けやら玄関の掃除 それに化粧と
         こちらも必死で やろうとする。   そのうち こげくさい臭いに気づく。
          あァ-っ。 懸命に作った料理が こげてしまってる。   チャイムが鳴り
         ドアを開けた彼が見たのは 泣きべそをかきながら 呆然とたつ彼女だ。
       2.  彼氏でも夫でもいい 食事の後 急に胸を押さえて 吐き出しそうになった。
         あわてた彼女は 洗面器を持ち出し、彼は そこに吐き出した。
         「大丈夫? 何がいけなかったのかしら。」と その洗面器に 手を入れて
         涙をこらえながら 必死で その中のものを確かめようとしている彼女。
      これらの話が好きだった。
       人柄である。 人間性である。  その人が愛しい、愛くるしい。と感じるのは
      容姿でも 身に着けたものでもない。 まして 頭のよさでもない。
      ひたむきに 我を忘れて その人に何をしてあげればいいのか。と、がんばる人。
      そんな女性を 可愛い人 という。 
       今日の一瞬、ひとときの振る舞いが その人の生涯を 決める。といっている。
    

 

  先週の M新聞の「短歌」欄に 歌人・川野氏が こういうコラムを書いている。
        『この10年くらいは 
恋歌が多い。 それも実体の薄いもので、もしかすると
       現代の短歌が主題を見失いつつ、表現の可能性の磁場を恋歌に求めている。と
       いえまいか。』         また、吉川宏志氏の こんな言葉を引用している。
        「恋歌がもてはやされるのは、もしかすると、ありふれた日常の中から“詩”を
       発見するのが 困難になってきている のではないか。」と。
        
        女史が言うように『恋愛の場面では 積極的に許される虚構性・・・・』 とも。
       このコラムは 『挽歌』についての考察ではあるが、 素人と言えども 私たち
       詩などを書いて 人目にさらす者にとっても、考えさせられる。

        もっと 生活の中の、現実、実体のあるもの・・・の中からの ある時は魂の、
       ある日には揺れる生命からの  生々しい“ことば”を詩に表現すべきではないか。
        表現の技巧、新しい言葉や情緒を 創造してきたのが恋の歌かも知れないが、
       先ずは 生活感のある 日常の中から見つけ出した 魅せられる想いを しっかり
       “詩”に出来るようにならねば。と、思った。 

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  思いきってBBS掲示板を設けた。
「しっかり返事出来るか。」ということだった。
顔も見えず、声も聞こえず、所謂よく知らない人に
心の機微・マナ−を わきまえた適切なお喋りが
出来るのか、所詮八方美人になるだけではないか
と、いうことだった。
 楽しみながら 意見を交えながら 共鳴したり
否定したりしつつ “人は人に依りて人となる”と
していこう。  ・・・・・

  ジオシテイの 特選サイトに 選ばれた。 責任ある言動を 心がけたい。badge.gif (4438 バイト)     

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中島みゆき こう語る・・・

私にとっての 音楽とは既にあるものです。
あるものを私が聞きとって 歌ってる。
だから いつも 耳をすましてる・・・・・。

男――― 女の紛失した半分。
     又は、女より物好きな人間。
女――― 男の忘れた半分。
     又は、男より色好きな人間。

 

cocktail01.gif (1694 バイト)少々、疲れたのかも・・。   May.23 
 え-っと、いいですか?    ちょっと場違いなモノになってしまうような気がして・・・。
このところ、詩もエッセイも どうも書けないんです。 私のリンク集(先輩たちの・・・)でご覧になれば
解かるように 若くて、繊細で、見事に「言葉」が生きたまま やり取りできる、そんな人たちを羨ましく
思えるのです。
「手触りの薄い恋の詩が氾濫し その虚構性と 結局は自愛の情動ばかり」
「恋や愛の実体から 何かを得ようとせず そこから透けて見える 孤独感や自らを飾り上げるだけ」
という意見に共鳴してしまったからでしょうか・・・。
 ともかく頑張った人がその分元気になれる、本来僕らは「この生涯を楽しみ満喫する」為に
生まれてきているんだと・・信じてます。
 
 
でぇ-、書けないんです。もっと日常の中から   愛すべきもの、闘うべきものを しっかり見据えて
生き生きした、そしてロマンも憧れも    表現できたら、と思っています。が・・・
 ちょっと 疲れたのでしょうか・・・。
この2号館、いろんな実験をしてみようと始めました。 あくまでも「本館」を完成度の高い
ものにしたくて。   それは テクニックや 化粧の濃いものでなくても・・・と思い・。
BBS
もそのひとつ。いろいろやり取りする中で 本当の『姿』を見せられれば、
で・・今日、本館にも「掲示板」作りました。未だ誰も来てくれませんが。   
ちょっと長いですね。
 高校時代に吉川英治、社会人で北杜夫と森村誠一入門。五木「ソフィアの秋」に感動。
渡辺淳一にのめり込む、という感じでやってきました。 貴方に比べれば まだヒヨコで。
 “本館の「想い」と「風」が僕の全て”かな。

           
 
                       
   109022.jpg (15983 バイト)      
                  
先日 後白河法皇の真筆とされる「梁塵秘抄」の一部が発見された。
新聞のトップニュ-スであったが “日本文化研究史上 極めて重要な発見”という。
 私がもっぱら注目したのは これ『恋歌』であり結構きわどいのだ。
 やはり詩歌は 男女の愛を謳うものなんだ、というのは言い過ぎでも、
人の心の中に その奥深くに去来し出来と穏没を繰り返すのは 
恋慕の情なんだ。
                     
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              一生懸命という言葉が好きだ。  
             「懸命」とは「命を懸ける」の意、らしい。
              いまどき命を捨てる事もないから 
              抹殺する、社会的に葬ること、になるのか。  と、すると、

         
『社会的名声や地位や 経歴や学歴や 肩書きや体裁や見栄や・・・・
        といった一切のものを 棄てきったところから 頑張って生きぬく、
        生きて生きて生き抜いていく。』 
これを一生懸命ということか。
         
         自分がどこまで懸命に生きていくのか、いけるのか。
         挑戦だけは続けたいと思う。 
 
     ------  今夜は いやに 空の星が 大きく白く、   見える。 

                 
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   若い人が好きだ。  若い人がいい。
        久しぶりに、飲むことになった。
        この人達には、批判力がある、正義感もある、野望も見え隠れする。
        そんな若い人がいい。 

        次の世代をどうするのかは、本人達が決めて、やってみさせれば良い。  
         こうしろああしろとは、云わないほうがいい。
        体力も、気力も、知力も我々より きっと優れているはずなんだから、
        若い人達にやらせればいい。
         期待してる、と言ってあげればいい。
        
         がんばれ、若い人。

正岡子規だったと思う
『人は猿から進化した。
ならば又、猿になることもある、と言えまいか。』 と。

衝動や、好き嫌いや、手抜きだけで過ごしていると 猿にもどっちまう。
昔から「学ばずば 卑し。」ともいう。
本を読め。 「我慢」を覚えろ。 身近な人をまず 愛せ。 ・・・ということか。



 巨人 が ダメなせいもあって
近頃 プロ野球も観ていない。
子供たちの 観るものを そばで一緒になってみている。

ただ この中にも なかなかのものがあって ほっとしたりしている。
「ひたすら 純粋に、ひたむきに」という
『こんなこと 実際あらへんで』という もので
一人として悪人は登場しない いい人だけが登場する お話だ。

 
「白線流し」 「一つ屋根の下2」 「ビ−チボ−イズ」
世の中そんなに甘くはないさ、と思いつつ
それでも娘たちと 一緒になって
涙なんかを流している。
自分の中に 未だ共鳴するものがあることが
無性に 嬉しい。


 

 

渡辺淳一が 好きだった ―― 過去形。
「リラ冷えの街」「脳は語らず」「無影灯」
「峰の記憶」「光と影」
「富士に射つ」「神々の夕映え」
「白き旅立ち」「化身」などなど
いっぱい読んだ。
「 失楽園」は残念ながら読まなかった
きっと名作であったろう が、
いつのまにか「不倫ポルノ」にされちまった。
あわてて本を買ってはみたものの テレビでもやる と なり
読むのを止めた。
     テレビも 映画も 観たりするものか。
当分の間、渡辺淳一の 話はしない と 決めている。

 




  『 抱きあわず 語りあかせる夜ありて これもやさしき情事と思う 』
俵 万智の「チョコレ−ト革命」にある。
『 男ではなくて 大人の返事する君に チョコレ−ト革命起こす 』

…・ 大人の言葉には、摩擦をさけるための知恵や、
自分を守るための方便 や、
相手を傷つけないためのあいまいさが、 たっぷり含まれている。
恋には、大人の返事など、 いらない。
…・・と 俵 万智 は いう。


 

結婚して約20年 、
  夫婦は 各々違う場所で 働いてきた
それなら 後20年 、  夫婦で 一緒に働く、同じ場所で、
 同じ物を作ることを やってみたい。
と 思ったりしている。
「これまで 僕を愛してくれた人 母 と 妻
これからも 僕を 愛してくれる人 僕の 妻 」
  とは 吉田拓郎の詩

 

高校野球・夏の甲子園である。
兵庫で18年、 埼玉で30年。それでも兵庫 を応援する
これからも ずっと そうするんだろうな と 思う。

 

6月から スポ−ツ・ジムに通っている。
健康のためとか 老化防止のためとか ではない
かっこ良く、 いかにも かっこ良くなりたい という
ミエミエの 下心いっぱいの、
かなわぬ夢のために通っている。

   つい最近まで 「さん」付けで 俺を呼んでいたやつが
           一つ偉くなると 目線すら合わせなくなる。
           会社というのはこんなところで
           そういう奴ほどますます偉くなる
        偉い、というのは 肩書きで決まる。と勘違いしている。
           仕事が出来る 人望がある、のとは 違う。
            ま、いいか。
           歳とって、肩書きナシで 街ですれ違った時に
           どちらが幸せそうで、みんなに声をかけられるかで
           偉さ が分かる。
            上役に 一目置かれるよりは
           同僚、部下に 一目置かれるような 仕事をしたい。

 

 

往復20数時間の運転 久しぶりの帰省ドライブ。
娘たちのCDを 聴きながら
大学生の長女は ビ−トルズ
高校生の次女は スピッツ、
スピッツが なかなかいい。
で、小学生の三女は ?   松山千春? とは いわないか、、。

 

     村上 龍って、すごいんだか、、。
    「限りなく透明に近いブル−」を ずいぶん昔に読んで、
    たしか芥川賞?って、 やっぱり俺なんかに解らんもんだ、と
    思った記憶がある。
    「料理小説集」を 読んだ。  めちゃくちゃ卑猥で、、、
    それで、それでも『すべての男は消耗品である』を読んだ。
     ともかくいつでも読めるもんじゃない、体力 精力溢れる時か、
    家族や会社から 外へ踏み出した時が いいんじゃないか。


 いかに多忙で、喧騒と 雑踏の中にいようとも、
春になれば咲く花を待ち、
           秋には流れる雲に声かける。
貴方の傍にいると ほっとする。と、
いわれるような人でありたい。
 
長女の成人式の写真が出来あがったので、
      実家のオフクロさんに 送ったら、返事の手紙がきた。
      封筒の中に1月30日付けの読売新聞「今日のノ−ト」の切抜きがあった。
       27日付けの朝日「声」欄の泣かせる話を折りまぜながら、
我が子の成人式に 巡り合わせた“親父”の心理を短く書き綴っている。
        「親父業はむつかしい。」と、
      最後に「欲は深けれど、照れくさくてという人に
『山口瞳・君らの人生に乾杯だ!』を
        身内の若者に ぬっと渡すだけ」を薦めてくれている。
         さっそくこの本を探すことにしよう。
         
         五木寛之『青春の門』から名前を付けた、小さくって、臆病で、
        女房を「かあ かあ」と呼んでいた子が、いつのまにか、二十歳である。



1999. 1   「翔べ麒麟」を読んでいる。 なかなか進まない。 大作だ。
       「サラリ−マン・サバイバル」「裏切り」は あっという間に読み終えた。
      「ブル−ス」これも やっぱり濃厚で、、、。
      「理由」が直木賞、でも「レデイ・ジョ-カ-」や「OUT」の方が 印象深かった。
       昨秋、課内旅行で横浜日帰りツア−。その後に「生麦事件」「ブル−ス」を
      読んだ。 旅行の前に読むべきだった。 
         舞台は 横浜 である。
          

 

1999. 1   阪神・淡路の大震災から4年。
        めぬき通りは 綺麗になったが、未だ仮設住まいの人も数千人。
        そういう意味では、「復興」していない。 いや、「復旧」すらしていない。
         この国と、この国のシステムと、システムを考え、使う人間と、
私を含めた多くのひと、は
        いったい何をしたろうか、何もしなかった、と いうことなんだろう。
         心の中の「人間としての復興」は できなかった。しなかった。と、
いうことなんだろう。
        情けない。申し訳ない。 


1999. 1   あっという間の お正月休みだった。
        異常に分厚い新年の新聞を 片っ端から読んでみるのも
        二日目には うんざりしてしまう。
         ワイドショウなるものも、あまりにも内容がない。
        それにしても近頃のバラエテイは アナウンサ−が タレントで登場する。
        タレントはタレントで 下ネタ、セックスを平気で笑いに使い、
かたや、女子アナは 底の浅いモノの見方を 臆面もなく丸出しにして
しゃべる。
        立派な「庶民の味方」を装って 的外れなコメントまで してしまう。
        全部が全部とはいわないが、こんな番組のなんと多いことか。
         観ている途中で アホらしくなる。  空虚になる。  腹立たしくなる。

         それでも、ぼ-っ、としてるのも 健康法のひとつらしい。
        
  仕事にしろ、趣味で何かをやるにしろ、恋愛もそうだろう、
        慌しく勢いのある方が いいものが出来あがるようだ。
        のんびり、ぼんやり、それでいて 何かいい物が出来ないかな、なんて
        考えていては 結局なんにも出来やしない。  反省する。

塵も積もれば山となる―――と、よく云われるが、
         塵はいくら積もっても 山にはならない。
         大胆に、必死の覚悟でやらないと 何もなし得ない。
・・・・・が正解。          

       休み明けの 早朝の空はいやに澄み切っているように思える。
      こんなに綺麗だったんだっけ。と、ちょっと驚いてしまうほどだ。
      大気中の不純物が この休み中にどこかに溶け込んだのか、
      落ちてしまったのか。 いずれにしても 目の前にくっきり見える富士山も
      今日からは くすんでしまうんだろう。 
       さっそく排気ガスを撒き散らして 2台のトラックが私の横を 走り抜けた。
        
         ともあれ 新しい年のスタ−トだ。
        地域と職場で 一所懸命の毎日を、と誓った。
                                      

 
1998.12 いよいよ 今年も終わろうとしている。
        この1年の仕事上での 自分の出発点は 
        毎日新聞のコラム「電視社会考」 の
       『踊る大捜査線』についての一考、だった。
        
  ―――― 今、現場になんとなく元気がないのは何故か。 
         本店(警視庁)の顔色をうかがい、
        昇進にこだわる同僚と上司。
       本店はといえば デ−タ−を駆使しての科学捜査一辺倒。
       古い奴らは およびじゃない。 のだ。  
         本当にそれでいいのか?と、
        和久さんと青島刑事は思っている。
         最後に自供に持ちこむのも人間、
        フライング気味でも現場に走り出すのは
        人間の顔そのものの「想い」ではないか。    
         そして,青島は叫ぶ
        「事件は現場で起きてるんだ! 
        会議室なんかじゃない。」、、、と。
         
 これは湾岸署だけの話ではない。 
        全国の職場で、あなたの職場で 起きているのだ。
         今、現場になんとなく元気がないのは何故か。 
         和久さんが不機嫌なのは何故か。
         なぜ支店(現場)が無気力なのか。 
        《現場》が問われている。―――――――――と、
           
         これらの感覚を 自分の仕事の 基底部分にしていきたい。
        大切に思いつづけていたい。
        来年も これでいく。  
       白鳥だからこそ【みにくいアヒルの子】と言われるんだと。

1998.12   確かな記憶ではないが、
      Nから借りた『相田みつを』の中に
    生きていく中では 失敗したり、失望したりする機会が何度もある。
    その比は 成功する機会をはるかに上回る。
    であれば、少年期から 失敗や、失望する訓練を 練習をすべきだ。
       この後の人生で一番機会の多いことを 
      しっかり練習しないでいることはない。と。
     
       どんどん練習しておこう。
      どんどん失敗してみよう。
      失望することがあっても 笑って進める練習をしておこう。 
      恥ずかしがらず いっぱい恥をかいておこう。
      
1998.11    11.18 しし座流星群が見えるというので
        4時起床。  ほとんど見えず。
        今度は 33年後とか、   生きてるだろうか。

1998.11    秋になってからも、随分 本を読んだ。

        「絶対音感」「霞町物語」「ライン」
        「ブエノスアイレス午前零時」
         そして「ゲルマニュウムの夜」
        これは凄い!!
        花村萬月、今日は「ブル−ス」を 買ってきた。

1998.9     高村薫「レデイ・ジョ−カ−」を 読み終わってから
        長編ものミステリ−に 魅力を感じたのか
        宮部みゆき「理由」
        桐野夏生「OUT」 と いっきに読んだ。

         作家になりたい、と思った頃があった。
        これらを読んだあと やっぱり、  所詮、
        作家になんか なれないと思った。
        この3本。 どれもすごい。



1998.9     大学生が2人、中学生1人、の 父親。
        「サラリ−マンなど 辞めてしまいたい。」
        そんなことも出来そうにない。 か、

          疲れて帰った日には
          女房の手をそっと握って
          眠るのだが
          近頃は 毎日そうしているようで、、、、。
           自慢の出来る  心のやさしい三姉妹と
          その娘たちの母親

       「あと3年がんばったら 会社を辞めて やりたいことをやってもいいよね。」

         「パン屋さん」   「・・・・ そう。」

         「いつからでもいいですよ。」

         わが両親の長寿、家族の無事故、
         わが子の成長。 --------- これをいつも祈っている。       

         ついに 50歳である。




 

ホ−ムペ−ジを 作るにあたって 
『インタ−ネットは からっぽの洞窟』を 思い起こした。    
         図書館に行かなくても 読みたい本が読める。
         ゲ−ムで 野球の興奮を味わえる。
         学校の教室には 教師は居らず パソコンが並ぶ。
         云いっぱなしの 習慣が身についてしまう。
      ――――――――――― 本当に これでいいのか。と いう。
      
         図書館で 本の匂いの中から お目当ての本を見つけ出した時の
        あの感動はどこにいってしまうのか。
         親父と キャッチボ−ルした時の あのぬくもりはなくなっていいのか。
        一日中パソコンに向かい合って 生身の人間の顔色を感じながら
      言葉を選んでいく楽しさを すてて、
感応することのない『人間』になりはしないか。
         この誘惑を 乗り越えたい。
     こんな想いで スタ−トした。

     ぜひ、ますます生き生きしたい。 
 人間臭くなっていきたいものだ。  



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